沈黙が痛いとはまさにこのことだ。
ひたすら前だけを見つめて黙々と学校の道を歩くスザクに引っ張られながら、ルルーシュは居たたまれない思いでいっぱいだった。
掴まれた腕から伝わるスザクの熱が苦しい。
(何か喋ってくれたらいいのに)
いつものように、自分への意地悪な言葉でもいい。優しい言葉をかけてくれなくてもいいから、何か少しでも喋ってくれたらこんなに気まずい思いはしなくてすむのに。
しかしそんなルルーシュの内心をよそに、スザクは話すどころかルルーシュのほうを見ることさえしない。
ルルーシュなどこの場にいないように振舞うのなら、何故わざわざ家の前で待っていたりなどしたのだろう。今まで一度も休んだことのない朝練を放り出してまで。
そんな思わせぶりな態度は取らないで欲しい。本当は優しくなんかするつもりもないくせに、家の前で幼馴染を待つ優しさを垣間見せるなんてずるい。
結局、スザクは徒歩で15分程度の学校に辿り着くまで一言も喋ろうとはしなかったし、掴んだルルーシュの腕を放そうともしなかった。


流石に学校の敷地に足を踏み入れてからは掴んだ腕を放してくれたものの、スザクと一緒に登校してきたことは多くの生徒に目撃されてしまっていた。
そんな周囲の目がある中で、いきなりここで二人が分かれて教室へ向かうというのもおかしい。
仕方なしに二人は終始無言のまま、教室までの道のりを連れ立って歩く。
このまま教室に踏みこみたくないと思うルルーシュの心情など気にも留めないのか、短いようで長い廊下をスザクはずんずんと歩いていく。
そうして辿り着いてしまった教室の入り口。
がらりと勢いよくドアを開けたスザクに引きずられる形で二人同時に教室に入るなり、教室中の視線が二人に突き刺さった。
いつもとは違う様子の教室にルルーシュは戸惑いを隠せなかった。
別にただ登校してきただけだというのに、何故そんなに注目されなければならないのか。
だがその答えはすぐに出た。
教室の一角に固まって頭を突き合わせていた女子生徒たちが、ルルーシュに向かってきつく一睨みを寄越し、逆にスザクには蕩けるような笑顔を振り撒いたのだ。
ああ、スザクの元彼女たちか。
妙に冷静に納得してしまう心が悲しい。つらいくせにそうやって無関心な態度を取ってしまう自分自身も。
大方彼女達は自分がスザクと登校してきたというのを聞きつけて騒いでいたのだろう。
どの子も毎回あれだけこっぴどくふられて泣く羽目になっているというのに、しばらくすると何故か彼女達は立ち直りああやってグループを作る。それはつまり、スザクを追いかける集団というやつで。
どんなにつらくあたられてもスザクのことを諦める気はないらしい。女と言うのは実にしたたかな生き物だと知らしめるいい例だ。
スザクは気付いていない、というより気にするつもりもないようだが、ルルーシュは内心あまり心穏やかではいられなかった。
だがその彼女達以外のクラスメイトも、どうやらスザクとルルーシュが二人揃って登校してきたことに興味津々のようで、きゃあきゃあと騒いでいるのは追っかけ集団だけではなく、もはやクラス中が噂話で盛り上がっていた。
確かに人目につく学校ではスザクはルルーシュに対して優しいし、幼馴染という関係から二人が恋人同士ではないのかと勘繰る人も多い。根も葉もない噂が広まるのはいつものことだ。
今回のことでまたしばらくの間クラスメイトたちからの質問攻めが待っているのだろうなとぼんやり考えながら、ルルーシュは自分の席へと向かった。
「おはようルル!スザク君も!」
「おはよう。いつもより遅かったのね」
席につくなりさっきまでの憂鬱を振り払うような明るい声が飛び込んできて、ルルーシュは周りを取り囲んだ友人達に向けてにこやかな笑顔を作った。
「おはよう。シャーリー、カレン」
動揺するな。いつものことだ。皆の前でスザクに対して不自然な態度を取るわけにはいかないんだから。
心の内を悟られないようにと必死で表情を取り繕う。スザクと長年仮面幼馴染を続けてきたせいですっかり得意になってしまった演技で、きっと本音は隠しきれただろう。
「…?どうかしたのルル?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと寝不足で体調が悪いだけ」
ルルーシュがさらりと嘘をつけば、シャーリーがじとりとした視線を向けてくる。
大方また折角綺麗な肌なのにそんな不健康なことして、と説教したいのだろう。
だがシャーリーが攻撃の矛先をルルーシュへと向ける前に、背後から陽気な声が飛び込んで来た。
「おー二人ともおはよう!なになにー?二人揃って登校なんて珍しいじゃん」
スザクの親友…もとい悪友のリヴァルが挨拶してきたのだ。実に余計な一言つきで。

“二人揃って登校なんて”

リヴァルにとっては何気ない一言だったのだろう。だがそれはルルーシュにとっては鋭い刃のように心に突き刺さった。
昔は珍しくなんてなかった。
毎日スザクの家の前で待ち合わせをして、一緒に学校に通う。それが当たり前の日常だった。今みたいに仲の良い幼馴染の仮面を被りつづけることも、スザクの言葉や行動に怯えることもなかった。
すべてが壊れた中学二年の冬。その前までは。
「ルルーシュ…?大丈夫か?」
「……、っえ?」
気付くとリヴァルの顔がぬっと目の前に迫ってきていて、ルルーシュは驚きに目を見張った。
「リヴァル」
たしなめるようなスザクの声が背後から響く。いくらリヴァルでもいきなり覗き込まれたらルルーシュがびっくりするだろ、と気遣いまで見せて。
「や、悪い悪い。でもルルーシュがいきなり黙るからさ。俺何か悪いことでも言った?」
「いや…そんなことないが…。ちょっとぼーっとしていただけだ」
まだ驚きとスザクの妙な優しさに戸惑っていると、リヴァルは反省したのかしていないのかさっぱり判らない口調でルルーシュへと問い掛けて来た。
「ふーん、それならいいけど。な、それでどうして今日は二人で登校したわけ?」
「そ、それはその…」
ああもう。リヴァルの奴。
どうして今そんなことを聞くんだ。人が一番触れて欲しくない話題だというのに。
だがリヴァルに悪気はないのだ。ルルーシュとスザクの事情を知らないのだから。
悪気がないが故に余計厄介なリヴァルの質問にルルーシュが答えあぐねていると、見かねたスザクが助け舟を出した。
「たまたまだよ。ちょうど家の前で一緒になったからさ」
「あ、ああ。そうなんだ。珍しくスザクがいたから…」
「そうだ、そう言えばスザク君朝練は?剣道部試合近かったよね?」
同じ運動部に所属するシャーリーが問えば、スザクはあはは、と人懐っこい笑みを浮かべる。
「ちょっと寝坊しちゃって。だから今日はサボり」
珍しいこともあるのね、なんてカレンが憎まれ口を叩いて、それにスザクがうんそうだね、なんて他人事みたいに返すものだから、ルルーシュを除いたその場に集まった皆は堪えきれずに思わず笑ってしまった。

「スザク!!」

そんないつもの朝の風景を取り戻した賑やかな教室の中に、突然響き渡った大声。
「あ…ごめん。呼ばれてるから」
そう言ってスザクがルルーシュたちの傍から離れる。
いきなりすぎる登場で教室中の視線が集中した先。
教室のドアのそばに立っていたのは、昨日スザクの隣で笑っていた彼女の姿だった。
急いで駆けてきたのか、綺麗にセットされていたであろう髪は乱れ、叫んだ唇は怒りでわなわなと震えている。
やはりというか、先ほどの登校場面を彼女も見たのだろう。
今にも泣き出しそうな表情で、しかしそれでもスザクとルルーシュを気丈に睨みつけるその眼光の強さにこれから起こることが目に見えるようで、ルルーシュは深く溜息をついた。
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次からは時間が飛びます(予定)。飛ばさないと話が終わらない…