翌朝、ルルーシュが目を覚ましたのはいつもよりずっと遅い時間だった。
元々低血圧で朝に弱く、毎朝起きるのに苦労しているルルーシュは、遅刻しないようにと寝る前の目覚ましのセットだけはいつも忘れないのだが、昨日は色々あったせいですっかりそれを忘れてしまっていたらしい。
おかげで普段の起床の時間になっても自力で目覚めることのないルルーシュを心配して、すでに朝食を取り終わった妹のナナリーがわざわざ起こしにきた。
「お姉様、起きてください」
ベッドの側に立つ妹にやんわりと揺り起こされて、ルルーシュはようやく浅いまどろみから覚醒した。
「…ん、ナナリー…?」
「はい。おはようございます、お姉様。もう起きないと遅刻してしまいますよ」
天使のような(姉の欲目を抜きにしてもそう表現するに相応しい)やわらかな声が頭上から降り注ぐ。
「もうそんな時間なのか…」
寝起きで僅かに掠れた声で呟いて、ベッドの上でそっと体を起こしながらルルーシュは眠い目を擦った。

昨日の夜はあまり眠れなかった。
あれからスザクが去った自分の部屋で気の済むまで散々泣いて、ようやく涙も枯れた頃、あらためてスザクに見限られたのだという事実を意識して、ルルーシュの思考は暗く沈んだ。
あんなことがあった後だ、スザクは私を避けるだろう。
それに自分だって、スザクとどう向き合っていいのかわからない。
あれほどスザクを拒んでおいて近づくことなんてできないし、話し掛けるのだって躊躇われる。
もう、スザクとは普通に話すことすらできないだろうと思うと、ルルーシュの胸は悲鳴をあげるほどに痛んだ。
もうきっとだめなのだ。
いくら幼馴染だといったところで、もうスザクは私に見向きもしないだろう。
だって私はスザクとの約束を破ってしまった。
彼の言うことは何でも聞く、だから代わりに傍にいさせてくれと頼み込んだのはルルーシュのほうだったのに。
それでも自分の心は見捨てられたという悲しみだけを拾い上げて、あさましくも願ってしまうのだ。
お願いだから、これ以上嫌わないで欲しい。
スザクの特別でなくてもいい、一番でなくてもいい。
だからお願い、ほんのちょっとでいいから、時々思い出す程度でも構わないから、私の存在を忘れないで。私の存在を消してしまわないで。
裏切ったのは自分で裏切られたのはスザクだというのにそんな風に考えてしまう自分がひどく醜い人間のように感じて、何か違うことを考えようと、ルルーシュは明日からどんな顔でスザクに会えばいいのか、どうやってスザクに接すればいいのかという問題に意識を再び集中させた。
しかし考えたところで、気分が落ち込むばかりでいい案など浮かぶはずもない。
そんな風に頭を思い悩ませていたらなかなか寝付くことができなくて、結局ルルーシュが眠りに落ちたのは明け方近くになってからだった。

昨日散々泣きはらした上に睡眠も取れていないという状態では、体が不調を訴えるのも無理はない。
起きたばかりだというのに頭はがんがんと痛いし、なんだか体も普段より数倍も重い気がする。
正直なところまだ寝ていたい気分だったが、ナナリーの前でそんな素振りはできない。
「お姉様、体調でも悪いんですか?」
「いや、大丈夫だよナナリー。昨日ちょっと遅くまで本を読んでいて、寝不足なんだ」
こんな暗い気分の時でも平気で嘘がつける自分が悲しい。
なにより最愛の妹に嘘をついたということでルルーシュの気分はさらに深く沈んでゆく。
だが、真実を告げて妹を心配などさせられないし、何よりスザクとの間に起きたことを言葉にするなど自分には到底できないだろうとわかっていたので、ルルーシュはにこりと無理やり作り笑いを顔に浮かべてベッドから抜け出した。


いつもより遅く量も少ない朝食を無理やり口に詰め込んで、支度もそこそこにルルーシュは家を飛び出した。
この時間なら走らなくてもギリギリで始業に間に合うだろう。
そう思いながら学校へと急ごうと歩き出したルルーシュだったが、すぐに自宅から2軒先の玄関の前にありえない人物の姿を目にして困惑した。
「あ…」
こんなに近距離で見間違えるはずもない。
どうして、という疑問だけがルルーシュの頭を支配する。
「………おはよう」
家から出てきたルルーシュをちらりと見遣って、不機嫌そうに、ぶっきらぼうに挨拶する彼の姿にルルーシュの混乱は最高潮に達した。
「ス、ザク……」
なんで、ここに?
スザクがこんな時間にまだ家の前にいるなんて思いもしなかった。
だってスザクはいつも部活の朝練でルルーシュよりもずっと早く家を出るから普段から二人の登校時間が被ることはないし、おまけに今日のルルーシュはいつもよりずっと遅く家を出たのだ。
なのに、なんで今日に限ってルルーシュを待ち伏せるかのように、こんな所に立っているのだろう。
今日は一番になんか会いたくなかったのに…
寝坊したおかげでスザクに朝から会わなくてすむと密かに安堵していたルルーシュの心を、目の前の男はいとも簡単に打ち砕いてくれた。
「遅い。なんでお前、今日はこんなに遅いんだよ」
責めるようなスザクの言葉に思わず体が強張る。
どうしよう。
どんな顔して挨拶すればいいんだろう。
どうやってスザクの前を通り過ぎればいいんだろう。
ぐるぐると考えることに精一杯で、ルルーシュはその場に立ち止まってしまった。
「ほら遅れるだろ。早く学校行くぞ」
パニックで完全に動きを止めたルルーシュを見かねて、スザクはつかつかと歩み寄ってルルーシュの腕を掴み、そのまま歩き出す。
自然と引っ張られる形で歩き出すことになったルルーシュは、未だに混乱する頭でスザクの不可解な行動について考えていた。
朝練はどうしたのか、なんで自分を待っていたのか。
それに、どうして昨日の今日で、気まぐれのように私を優しく扱うのか。
ルルーシュの腕を掴む力は、粗雑な行動とは裏腹にとても優しくて、まるで昨日の事などなかったように思えてしまう。
実際は、スザクは怒ったようにずっと無言を貫いているし、ルルーシュもなんと声をかけていいかわからずに、二人の間には気まずい雰囲気が漂っているというのに。
次々と頭の中で思いつく質問を、この場で口にできたならどんなに良かっただろう。
だがスザクに面と向かってそんなことを聞く勇気など、今のルルーシュにはなかった。
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ちっとも話が進まない…何故だ。
スザクが黒いのか白いのか自分でもよくわからなくなってきました。