「どういうことなの!」
パアンッ、と小気味良い乾いた音が教室に響く。
次いで間を空けずに聞こえたヒステリックな女の声に、ああまたかとクラス中が同情の目を向けた。
その対象は勿論、今頬を引っ叩かれた少年ではなく、引っ叩いた少女の方に向けてだ。
「なんでスザクがあの子と一緒に登校するの?あなたの彼女は私でしょ!私が一緒に行こうって誘った時には朝練があるから、って断ったくせに!」
廊下で話しているというのに教室の中まで丸聞こえな会話。
スザクに対する苛立ちと怒りを隠そうともしない少女からは、周囲を冷静に見回す余裕などとうに失われているのだろう。
まあそれも当然のことかもしれないと内心で結論付けて、ルルーシュはもうすっかり癖になってしまった溜息をまた一つ零した。
どうせまた、事の発端は自分なのだ。
初めのうちは理不尽に思っていたそれも、この数年間ですっかり慣れた。
いつものことだ。スザクの彼女がルルーシュに嫉妬してヒステリックを起こすのは。
むしろ昨日自分がうっかりスザクの家に踏み込んだ時点でこの状況が引き起こされていたかもしれない可能性を考えれば、今回はまだましかもしれない。
けれど毎度のこととはいえ、ルルーシュとしてはこれからのお約束の展開に頭を抱えずにはいられなかった。
「昨日だって結局私のことほったらかしにして…!私はスザクの彼女でしょ!?」
キンキンと耳に煩い少女特有の高い声。
怒りにまかせて叫ぶ彼女の姿に、普段の可愛らしい様子など最早影も形もなかった。
「確かにそうだけど…」
「じゃあどうしてスザクが一番優先するのはあの子なのよ!」
どうしてなの、とスザクに詰め寄る少女。スザクは黙って彼女の言い分を聞いていたが、ふいにぽつりと漏らした。
「そんなに僕の行動が気に入らない?」
「そんなの当たり前に決まって…」
「なら別れようか」
スザクの口から出た言葉は、内容に似合わないほど軽かった。それこそ、何一つ未練もないというような、実にあっさりした口調だった。
「なによ…なによそれ!」
突然のスザクの発言に、少女は動揺した。
ただ自分のことをもっと大事にしてくれと言いたかっただけなのに、どうしてこんな展開になってしまったのか、と顔面を蒼白させる。
けれど一方のスザクに迷いは一切無いようだった。さっきとまったく同じ口調で、同じ言葉を繰り返した。
「もういいよ。君とは別れる」
これに慌てたのは少女のほうだった。
さっきまでの責めるようなきつい双眸はなりを顰め、逆に媚びるような視線でスザクを見つめる。その様子はいっそ彼女が憐れに見える思えるほど必死だった。
「ちょ、ちょっと待ってよスザク!別に私はあなたの行動が気に入らないなんて一言も…」
「気に入らないから文句言ってたんだろ」
「違うわ!ただスザクが私よりあの幼馴染だとかいう子を優先するから…」
次の瞬間、スザクの眸がすっと細められ、眼光が強くなる。肉食獣のような獰猛な眸の色が、スザクの本気の程を如実に表していた。
「ルルーシュは僕の大事な幼馴染だ。ルルーシュのことに口出しするなら、僕は君を許さないよ」
それがとどめだった。
無意識にスザクの地雷を踏んでしまった少女は、恐ろしささえ感じるスザクの眼光に睨まれてひっと顔を引き攣らせる。
そしてスザクはもう興味すらないとばかりに踵を返し、逆に少女はその場で放心したように泣き崩れてしまった。

毎度のことだった。
スザクが当然のように彼女を振るのも。
その理由が必ずルルーシュ絡みだということも。

けれど今日ばかりは、何故かスザクの行動に腹が立った。
いつもと何ら変わりのないことだというのに、スザクが自分のことを引き合いに出したというだけでイライラする。
なにが大事な幼馴染、だ。ルルーシュのことを大事だなんて思ってもいないくせに、気に入らない女と別れる時だけ自分の名前を利用する。
それが当たり前のように振舞うスザクの傲慢さなど、とうに身をもって知っていたはずなのに、改めてその事実を目の当たりにすると悔しさと苦しさで胸が痛んだ。
「ごめん。騒がせて」
いつの間にか少女の元から戻ってきていたスザクが、凍り付いていた教室中の空気を溶かすように人懐っこい笑顔を見せる。
それだけで辺りの雰囲気が和んだと感じるのは、おそらくスザクの表向きの人徳ゆえだろう。さっきまでは固唾を飲んで見守っていたリヴァルたちも、ほっとしたようにスザクに声をかけた。
「スザク…毎度のことだけどさ、もうちょっと優しい言い方してやれよ。可哀想だろ」
「そうよスザク君。あの子だってスザク君のことが好きだから必死なんだし」
穏やかな口調で諌めるリヴァルとシャーリーに、スザクは一瞬目を瞬かせた。本当に、心底不思議だというように。
「そんなこと言われても…。だってあの子、ルルーシュのこと馬鹿にしたんだよ?そんなの許せないだろ」
ねえ、と当たり前のようにルルーシュに笑いかけるスザクの姿に、ついにルルーシュの中の何かが切れた。
「っ…ふざけるな!私を言い訳に使うのはやめろ!」
ドンッと机を叩き、椅子から立ち上がる。ふるふると怒りに震える肩は、もう理性だけでは抑えきれなかった。
頭に血が上っているのは自分でもわかっていたが、今までずっと我慢してきたスザクへの思いが爆発して自分の感情をコントロールできない。
ルルーシュがこうしてスザクに反発すればどうなるかということも、今はどうでも良かった。
「ルルーシュ…?」
優しい幼馴染の仮面を被ったままのスザクが突然どうしたの、というように心配げな眼差しで見つめるのすら鬱陶しくて、ルルーシュはスザクから目を逸らした。
「そんなに女の子達と別れたいなら、初めから付き合わなければ良いだろう!付き合うのなら、私を理由に別れるのはやめろ!お前の我儘に巻き込まれるのは、もうごめんだ!」
それだけ言い切って、ルルーシュはスザクの顔も見ずに教室から逃げ出した。
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時間が飛ぶとか言っといて飛ばなかった…!次こそ本当に飛びます!