近づいてくるスザクの熱に、気が狂うかと思った。
「やめろっ、スザク!」
「なんで?別にいいだろ」
理不尽ともいえる言葉を吐いて、スザクはルルーシュを蹂躙しようと動き出す。
「いいわけあるかっ…や、やめ…ひゃっ」
首筋をいきなり舐められて思わずあげてしまった声に、スザクが楽しそうに目を細めた。
「ほら、感じてるくせに」
「ちがうっ!」
「嘘つくなよ」
「や、やだ、やめろぉっ…!」
うなじから首筋へ。首筋から鎖骨へ。
ゆっくりと、しかし確実に獲物を仕留めるかのように、スザクの手と舌が次々とルルーシュの肌を辿る。
ぐっと近づく二人の距離。
すぐ傍で感じるスザクの体温が、匂いが、心地良すぎて、くらくらした。
普段ならありえないスザクの行動に、翻弄されて追い詰められる。
「やっだ…やあっ、やめて!」
狂おしいほどに心地良くても、拒絶の言葉は止められない。
このままスザクに身を委ねてしまえばいいと叫ぶ感情の裏で、ルルーシュの心を占めるのは未知の行為への恐怖だった。
こわい、やめて、ふれないで。
スザクの手が制服の前にかかる。
そのまま力任せに左右へと割り開かれそうになって、ルルーシュは力の限りに抵抗した。

「いやあああっ!」

無我夢中だった。
わけもわからず半狂乱で振り回した腕が何にぶつかったとか、そんなことは頭になかった。
「っ痛っ…」
ばしり、と響いた大きな音。
目の前のスザクの顔が一瞬痛みを耐えるように歪んで、片頬が赤くはれ上がる。
遅れて襲ってきた自分の手が痺れる感覚に、ようやく自分がスザクの頬を張ったのだと気付いた。
「あ…」
全身に込めた力はすべて抜けた。
ついさっきまで暴れまわっていた自分の感情が急速に冷えてゆく。
抵抗する気力などもうなかった。
スザクを殴ってしまった。
どんな罵倒を浴びせられるだろう。どんな仕置きを受けるだろう。それだけが怖くてたまらない。
あの冷たい瞳がまた自分を射抜くのかと思うだけで、震えが止まらない。
昔幼い頃には殴り合いの喧嘩なんてしょっちゅうだったのに、今スザクを殴ってしまったことが酷く恐ろしいことのように思えた。

ゆっくりとスザクの視線がルルーシュを捉える。
その瞳は恐ろしいほど静かな光をたたえ、何の感情も映し出していなかった。
「ひっ…」
こわい、こわい、こわい。
わなわなと震える唇を必死に開いて、謝罪の言葉を紡ぎだす。
「ご、ごめ、な…さ…」
「そんなに嫌かよ」
「え…」
恐怖のあまりスザクの言葉を飲み込みそこねたルルーシュに、スザクは同じ言葉を繰り返す。
「そんなに俺に抱かれるのが嫌かよ」
その声は、目の前にいるのが本当に枢木スザクかと思うほどに、弱々しく聞こえた。
「なあ、答えろ。そんなに俺に抱かれたくないのかよ…!」
苦しそうに、つらいものを吐き出すかのような声に、思わず胸がつまる。
なんでお前がそんな声を出すんだ。
なんでお前がそんなにつらそうな顔をするんだ。
呆然とするルルーシュをよそに、体に圧し掛かっていた重みがすっと去ってゆく。
自由になった体をゆっくり起こしながら、ルルーシュはただぼんやりとスザクを見つめた。
「…スザ、」
「もういい」
それだけ言い捨ててスザクはベッドから立ち上がる。
「あ…」
スザクのその言葉に、スザクが遠ざかるその姿に、二年前の光景が重なった。

「スザク!」
「もういい。お前の顔なんて見たくない」
「っ待って!」

「お前の気持ちは良くわかった。悪かったな」
スザクは背中を向けたままこちらを見もしないで帰っていこうとする。
普段から感情を悟らせることのないスザクの心が、今は余計に見えない。
けれど小さく呟かれたその言葉の裏にあの時の感情が含まれている気がして、ルルーシュは咄嗟に引き止めなければと焦った。
「スザク…、ま、」
しかし、待って、と言いかけた声は口に出す前に掻き消えた。
ここで引き止めて、どうする。 また私はスザクを、そして自分を傷つけるのか。
過去の自分があの一言でどれだけ取り返しのつかないことをしたのか理解していながら、また同じ言葉でスザクを引きとめるのか。
そんなこと、できない。

「…スザク」
「帰る」
「………」
ルルーシュの無言の制止を気にも留めず、スザクは部屋から出ていく。
そうしてベッドの上に一人ぽつりと取り残されたルルーシュは、緩慢な仕草で辺りを見回した。
見慣れたはずの自分の部屋がひどく寂しく、小さく思えた。

今度こそスザクに見切りをつけられた。
ルルーシュが乱れた胸元の着衣を引き寄せながらのろのろとベッドから起き上がる間も、ベッドから立ち上がったスザクを呆然と見つめている間も、スザクはこちらを見ようとはしなかった。
言葉で言われるよりも行動で突きつけられた事実に、胸が締め付けられる。
「…っ…っう…っ」
起き上がったばかりのベッドの白いシーツの波に再び身を投げ出して、枕に顔を埋めて、声を堪えて泣いた。

行かないで、という言葉すら口にできない自分が悔しかった。
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裏なのかと見せかけて、実は寸止めでした。