スザクなんて、だいっきらいだ。
何度もそう思うのに、心底嫌いになれない自分が一番嫌いだ。
自分の部屋に戻ってから気の済むまで散々泣いて、ルルーシュはようやく顔を上げた。
泣きすぎて頭がガンガンする。散々擦った目元は赤い。
いい加減、スザクのことなんて忘れればいい。
そうしたら、苦しいこの思いからも解放される。
そう思うのに、頭ではわかっているのに、それに追いつかない体が恨めしい。

「何お前、泣いてるの?」
「!!?」
いきなり背後から降ってきた声に心臓が止まるかと思った。
「…うちに来るのは構わないが、部屋に入るときはノックぐらいしろ、スザク」
「別にいいだろ。今更なんだから」
確かに小さい頃からお互いの家に出入りしていた二人にとってこんなのは今更だ。
スザクがルルーシュの家に来るのも、ずけずけと部屋までのりこんでくるのも。
でも今はスザクの顔を見たくなかった。
「おい」
「な、なに」
目の縁に僅かに残った雫をごしごしと目を擦って拭う。
上ずってしまった声を後悔したけれど、もうどうにもならない。
「お前、盗み聞きなんていい趣味してるよな」
「なんのこと…」
真っ直ぐに向けられた言葉に、どきりと心臓が震えた。
じりじりと迫り来るスザクから逃げたくて後ずさったが、すぐ追い詰められて背中が壁に触れてしまう。
「とぼけるなよ」
「とぼけてなんか…」
「じゃあ、これなんだ?」
差し出された手が掴んでいたのは学生鞄。
「あ…」
きっとあの時、取り乱して玄関先に置いてきてしまったのだ。
それは紛れもなくルルーシュのものだった。
動かぬ証拠にこれ以上の抵抗は無駄だと悟って、仕方なしにスザクを見つめる。これから始まる苦痛 の時間を覚悟しながら。
「なんで帰ったんだよ」
「だって…」
イライラを隠そうともしないスザクの声に、ルルーシュは言いよどんだ。
こういうときのスザクに言い答えすると、それが二倍になって帰ってくることを知っていたから。
でもルルーシュのその態度がスザクの癇に障ったらしい。
一瞬さらに不機嫌そうに顔を歪めて、しかしすぐに悪戯を思いついたように意地悪な笑顔を見せた。
「ああ、もしかして」
声だけはあくまで楽しそうに、しかしその言葉裏に含んだ嫌味ははっきりとルルーシュに突き刺さる。
「あれ聞いて興奮しちゃった?」
「なっ…そんなことあるわけないだろう!」
あまりにも直球な物言いにルルーシュの頬がカッと赤に染まる。
しかし突然叫んだルルーシュに気分を害したのか、スザクは盛大に眉をひそめた。
「ああもう、うるさいなあ…」
片腕をルルーシュの顔のすぐ傍についたままぐっと距離を縮める。
スザクの足が両足の間に入り込み、逃がさないというようにとらえられる。
近づいた互いの顔。かすかに感じるスザクの吐息。
少しでも身動きすれば唇が触れる。
そんな距離でまっすぐ見つめてくる深い新緑の瞳に、すぐ傍に感じる吐息に、甘い目眩を感じた。
「なあ、ルルーシュ」
いつもとは違う、熱のこもった声でスザクが囁く。
「…なに」

「やらせろよ」

「は?」
今何て言った、こいつ。
かけられた言葉の意味がわからなかった。
「だから、やらせろって言ってるんだけど?」
なんて残酷な言葉を吐くのだ、この男は。
感情の篭もらない声で、愛の欠片もない表情で、ルルーシュを惑わす最低の男。
私のことなんか好きでもなんでもないくせに。
「まさかその意味がわからないわけじゃないよな?」
固まったまま動かないルルーシュに焦れたスザクが、嫌味を投げかける。
馬鹿にするように鼻で笑うその態度に、思わずむかっときた。
「わからないわけないだろう。普段からあんなに筒抜けなくせに」
「へえ?鈍感なお前でもさすがに知ってたってことか。なら話は早い」
「だからってなんで私がお前に付き合わなければならない?女を抱きたいなら、お前ならいくらだって…」
「安心しろよ、お前を抱きたいわけじゃない。せっかくこっちが楽しんでたってのに、さっきお前のせいで邪魔されたんだ。お前が責任取るのが筋ってもんだろ?」
「ふざけるな!私はお前のおもちゃじゃない!」
自分勝手な言い分に、スザクの反応も気にせず声を荒げた。
確かにスザクと今の関係を結んだのは自分だ。そして今の二人の関係を言い表すならば、主人と従者というのが一番しっくりくる。
だけど体までスザクに明け渡すだなんて、ルルーシュの矜持が許さない。
「おもちゃだろ。お前、俺との約束忘れたのか?」
「っ!」
「そんなにムキになるなよ。どうせこんなの退屈しのぎの遊びなんだから。本気になるなんて馬鹿らしい」

“退屈しのぎ”
その言葉にルルーシュの中の何かが切れた。
普段は自分のことをろくに見てもくれないくせに、こういうときだけ受け入れようとするスザクの傲慢さが悔しかった。
自分はこんなにもスザクの言葉に振り回されているというのに、それをすべて退屈しのぎの言葉一つで片付けてしまうスザクに怒りすら覚えた。
「…け…な」
「なに?」
「ふざけるな!人を弄ぶのもいい加減にしろ!お前は遊びのつもりでも、女の子達は真剣なんだ!」
湧き上がる強烈な怒りに肩を震わせて必死に絞り出した声に、スザクの纏う空気が凍った。
それまでの人を小馬鹿にするような薄ら笑いは影をひそめ、顔から一切の表情が剥がれ落ちる。
瞳に宿ったのは鋭い眼光。射殺すように強いそれに、ルルーシュは今更ながらに後悔した。
スザクの機嫌を損ねてしまった。その事実がルルーシュを追い詰めてゆく。
顔面蒼白になったルルーシュを冷めた目で見下して、スザクは冷たく言い放った。
「なにそれ。自分もそうだって言いたいの?」
「ち、違う!」
「嘘つくなよ。お前俺のことまだ好きなんだろ?」
「…違う」
スザク本人に真実を言い当てられて、ルルーシュはとても惨めな気持ちだった。
違わないことぐらい、自分でもわかっている。
こんなにひどい扱いをされてもスザクを嫌いになれない自分が悔しくて悔しくて、けれどそれをスザクに知られたくなくて、泣きそうになるのを必死で堪えた。
強がりでしかなくても、スザクの前では絶対に泣きたくなかった。
「ちがう…お前のことなんて、好きじゃない…っ」
本当はちがう。誰よりも好きで好きで。だけどこの想いはもう届かないのだ。
ルルーシュを好きだと少し照れくさそうに告げたスザクは、もういない。
あのスザクを壊してしまったのは素直になれなかった過去の自分。
だから、こんな想いは許されないのだ。
届かない想いなんて、いらない。
お願いだから、これ以上私を縛らないで。誰よりも優しく、誰よりも冷たいその声で。
「そんな顔で言われたって説得力ないけど」
ルルーシュを押えつけていた手がふっと緩む。
「まあいいや、俺が抱いてやるって言ってるんだ。文句はないだろ?」
掴まれた手を引っ張られて、どさりとベッドの上へと投げ出される。
起き上がろうと動くより先に体の上にのしかかられて、逃げ場を失った。
ゆっくりと近づいてくるスザクの顔から逃れたくて顔を背けると、寄せられた唇から漏れる吐息が耳元にかかる。
静かにそっと落とされた言葉は睦言のように甘く、そしてひどく残酷で。
「いい思いさせてやるよ」

お願いだから、触れないで。
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俺スザクって難しい。ていうかもはや別人。どこまで黒くしていいんだ…?