“じゃああとで返すから”
昼休みの終わりのスザクの言葉を思い浮かべて、ルルーシュは本日何回目になるかわからない溜息をついた。
スザクはあの場の約束を至極当然なことであるかのように守らなかった。
返すと言ったはずのノートは、授業時間になっても授業が終わって放課後になってもルルーシュの手元に戻らなかった。
スザクが約束を反故にすることなんて日常茶飯事だし、成績優秀なルルーシュにしてみれば宿題などノートがなくともその場で解けてしまうので、ノートが返ってこなかったこと自体は問題ではない。
初めのうちはスザクの行動にかなり戸惑ったものだったが、ここまで来ると慣れてしまった。
しかし約束を破られることに慣れるのと感情は別だ。
わかっていることでも、やっぱり実行に移されると辛いものがある。
けれどこうなってしまった原因は自分にあることを十分に理解しているから、ルルーシュはスザクに口答えしようとは思わなかった。


「おはようございます」
「あらルルーシュ?今日は特に仕事はないけど、どうかした?」
自動式のドアがシュンと音を立てて開くとともに入室して来た人物に、ミレイは僅かに目を見開いた。
珍しいわね、招集もかかってない日にルルーシュが自ら生徒会室に来るなんて。
仕事はしっかり真面目にこなすルルーシュだが、いつも厄介事ばかりが転がっている生徒会室に毎日来るほどお人よしではない。
来月の企画の打ち合わせは昨日終わったばかりだから、しばらくの間は姿を見せないかと思っていたのに。
そのルルーシュはというとミレイの問いに少し困ったというように目尻を下げて、軽く微笑んだ。
「スザク来てませんか?」
「スザク君?来てないわよ」
「やっぱりいないのか。あいつ、どこ行ったんだ…」
別にノートの一冊ぐらい返してもらわなくても構わなかったのだが、やはり気になってしまってルルーシュはスザクを探していた。
「なーに、また逃げられたの?相変わらずねぇ、あんたたち」
呆れた声を上げるミレイに、ルルーシュは曖昧に笑って誤魔化した。
会長とはスザクの次ぐらいに長い付き合いだが、彼女はルルーシュとスザクの関係を仲の良い幼馴染、としか思っていない。
いや、実際はルルーシュが抱えるスザクへの想いにミレイは気付いている。
だがそこまでだ。
二人が一般的な幼馴染の関係から外れてしまっていることを、二人の関係がすでに壊れていることをミレイは知らない。
ミレイだけではない。生徒会の皆、いつもルルーシュの相談に乗ってくれるシャーリーも、スザクと仲の良いリヴァルも、ルルーシュと腹を割って話せるカレンも、誰もこのことを知らない。
クラスメイト達は言わずもがなだ。
なにせルルーシュとスザクの二人は、表面上は幼馴染という嘘の仮面をずっと被り続けてきたのだから。
「いないなら、いいんです。じゃあ、お先に失礼します」
「あ、ちょっと!待って、ルルーシュ!この書類…」
「自分の仕事は自分でやってください!」
せっかく顔を見せたのだからちょうどいい、ちょっと手伝ってもらおうと思ってかけたミレイの声は、うんざりといった風情で叫んだルルーシュの声に掻き消されてしまった。


生徒会室にいないのであれば、部室棟だろう。
今日は剣道部の練習日ではないはずだが、あの部室は部員達の溜まり場になっているから、スザクもそこにいるのかもしれない。
そう思って足を向けた部室棟にもスザクはいなかった。
ここにいるかと思ったのに。
スザクは家が嫌いなわけではないが、歳を重ねるにつれて意見の違いから折り合いが悪くなっていった父親との接触を避けるために、あまり家に寄り付かないのだ。
授業が終わってすぐに学校を去るというのはスザクにしてみれば珍しいことだった。
仕方ない、家まで行くか。
どうせルルーシュの家から二軒手前の家で、帰り道に目の前を通るのだし、手間にはならない。
この時間だとスザクはまだ家に帰っていないかもしれないが、それならいつも通り家の中で待たせてもらえばいいことだ。
わざわざスザクの所に苛められにいくのにいささか躊躇いはあったが、スザクのことだ、いつ、どこでルルーシュがノートを返してくれと言おうともルルーシュに嫌味の言葉を向けるのはわかりきっていたので、諦めることにした。
部室に残っていた剣道部員達にひやかされるのを曖昧に微笑んでかわしながら、ルルーシュはその場を後にした。
← Back / Top / Next →

なんか当初の予定を大きく外れて、ルルーシュがMっぽくなってる気がする…
次は俺スザク登場予定です。