「…っん…」
胸を締め付ける苦しみに目が覚めた。
薄明かりの中ぼやける視界であたりを見渡すと、いつも通りの自分の部屋。
変わらない目覚めにルルーシュはほっと安堵の息をつく。
随分と長く悲しい夢を見た。
彼が、シュナイゼルが遠くへいってしまう夢。
どんなに名前を呼んでも、引きとめようと手を伸ばしても彼に届くことはなくて、後ろ姿が段々と遠ざかってゆく。
夢の中の彼は、現実と同じでひどく冷たくて、後ろを振り向くことすらなかった。
想い人においてゆかれる悲しみと苦しみが体の中を駆け巡って、壊れてしまうかと思った。

―――それは彼に酷く抱かれた後に、必ず見る夢。

傍らに眠る彼を起こさないようにそっと体をずらして、横を向く。
間近に見る顔は、起きている時よりも少しだけ幼く見えて、こうして彼の寝顔を眺めるのがルルーシュはひそかに好きだった。
「…シュナイゼルさま」
好きで好きで、だからこわくて呼べない名前。
気持ち良さそうに眠るその頬に手を伸ばして、そっと撫ぜる。
「あなたはなぜ、私を傍におくのですか…」
ずっとずっと、心の奥に秘めていた思い。
私のことを愛してなんかいないくせに、どうしてこんなにも大きな想いで私を縛り付けるのですか。
あなたが見せる気まぐれな感情に、どれだけ心を揺らさなくてはならないのですか。
彼が起きていたのなら決して言えなかったであろう言葉は、ぽつり、ぽつりと零れ落ちてゆく。
「少しでも長く、あなたのお傍にいたいんです」
細く白い滑らかな指が、シュナイゼルの頬を何度も撫でる。
触れた頬が彼に似合わずとてもあたたかくて、ふいに泣きたくなった。
「そのためなら私は…」
最後の言葉を紡ごうとしたその時、シュナイゼルが僅かに身じろぐ。
落とした言葉を悟られないように、ルルーシュは頬に寄せた手をあわてて引っ込めた。

「…、ルルーシュ…?」
「…はい」
「起きていたのか」
「はい」
静かに交わされる会話。
それを遮るように、シュナイゼルがルルーシュをぎゅっと抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
「ルルーシュ」
腰に響くような熱の篭もった低音。
ルルーシュの耳に直接唇を当てて囁かれる声の甘さに、ルルーシュは体を震わせた。
この人ははルルーシュを手酷く抱いた後の朝は、こうしていたわるようにルルーシュに触れる。
その優しさに逆らえなくて雰囲気に流されるまま濡れ場へ突入するのはいつものこと。
これからのことに淡い期待を抱いて、じっと待つ。
「まだ時間はある。もう少し寝なさい」
しかし彼の手はこれ以上触れてこなかった。
「え…」
急速に離れてゆく熱。
シュナイゼルはさっと布団から抜け出して、自分の朝の支度を始めてしまう。
その様子を目にしたルルーシュは口に出せぬ戸惑いを抱えながらも、シュナイゼルの支度を手伝うべく慌てて身を起こした。


あのあとシュナイゼルを見送ったルルーシュは、言葉にできない思いをもてあましていた。
どうして、いきなりあんなこと…。
いつもは私の意志なんて気にもしないで自分の思い通りにしようとするくせに、それを私が望んだときにはその通りにしてくれない、意地悪な人。
彼の様子が普段と違ったことが気になって、どうにも落ち着かない。
結局色々と思いをめぐらせてあまり眠ることのできなかったルル―シュは、気だるげな体を引きずりながら夜の時間を迎えた。



花魁道中。
置屋から揚屋までの遊里の道を、一等上等で派手な着物と高下駄という盛装の花魁が、禿や振袖新造を引き連れて盛大に練り歩く。
呼ばれた客の待つ揚屋へ、一歩、また一歩ともどかしいほどにゆっくりと進むその行列。
花魁は周囲に自らの美しさと花魁としての誇りをふりまきながら、客のことだけを思って懸命に道中を踏む。
その例に漏れずルルーシュも、豪奢な行列の中心で自分を呼んだ客のことを考えながら歩みを進めていた。
先ほど大旦那から聞かされた今日の夜の相手。

「え?」
「だから、昨日の宴でお前に一目惚れしたという御仁がいてね。是非にお前を、と仰られたんだよ」
昨日の宴。
まさか違うだろうと思いつつも、おそるおそる尋ねる。
「その方の、お名前は?」
「―――枢木スザクさまだ」

スザク、どうして?
どうしてお前が私を買うんだ。
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解説たくさん。
道中→花魁が盛装して遊里を練り歩くこと。 置屋→芸娼妓を抱えておく家。遊女屋。 揚屋→置屋から遊女を呼んで遊ぶ家。 禿(かぶろ)→上位の遊女に使われる10歳前後の見習の少女。
次はお邪魔虫スザクが登場です。