進みたくないと躊躇う足を無理やり動かしてルルーシュが座敷に上がった時には、もうすでに新造たちがスザクの周りを取り囲んで宴を始めていた。
薄暗い廊下からそっと部屋の中へ足を踏み入れる。
途端に明るくなった視界に目を顰めながら部屋の中を見渡して、ルルーシュは体を強張らせた。
「あ…」
美しく着飾る女たちの中で酒の杯を煽る彼の姿が先日と変わらなくて、一瞬小さく声を漏らしてしまう。
覚悟していなかったわけではない。
遊女となった以上、かつて親しかった人と体の関係を結ぶことがあるかもしれないことぐらい理解していた。
大旦那から聞かされたときから、今宵の自分の相手がスザクなのだということはわかっていた。
なのに実際目にすると、こんなにも体が竦む。
シュナイゼル以外の男を相手にしたことなど数え切れぬほどあるというのに、相手がスザクだというだけで恐怖に震える自分の体が情けない。
怖がるな、こわがるな。
こんなのいつもと変わらないじゃないか。
いつも通りの男の相手だ。気にすることなんてない。
スザクだなんて思わなければ―――
「そんなところに突っ立ってないで、はやく自分の席につきなよ」
「っ!」
スザクの声に、ルルーシュは震える体に鞭を打ってゆっくりと、上座の席へと座る。
そう、ルルーシュの席は上座。この場では客であるスザクより花魁であるルルーシュのほうが身分は上なのだ。
席に着いたルルーシュを満足そうに眺めて、スザクは破顔する。
「いきなり呼び出すみたいになってごめんね、ルルーシュ。でもどうしても君に会いたかったんだ」
「………」
声が優しいから、間違えてしまいそうになる。
今自分は遊女としてスザクの前に立っているというのに、かつての幼馴染のままの二人でいるように感じてしまう。
どうして彼は私に優しい言葉をかけるのだろう。
なんで私を買った男として命令しようとしないのだろう。
なぜ客と遊女の関係でいさせてくれないのだろう。
どうして?
なんで?
なぜ?
普通の客と同じように、スザクがルルーシュのことをただのオンナとして見てくれれば、こっちだってそういう対応ができた。
いつも通り自分の殻に閉じこもって、男達のかけるいやらしい冗談や言葉を聴覚から締め出して、与えられる快楽と湧き上がる不快感を無理やり飲み込んで、一晩をやり過ごして。
スザクにも同じようにできたのなら、どれだけ良かっただろう。
優しくされればルルーシュの覚悟は鈍る。
それくらい、自分は懐に入れた人物に甘いのだという自覚ぐらいはある。
だから、そんなこと感じさせないくらいスザクが自分を酷い女だと罵ってくれるほうがいっそ良かった。
自分を捨てて身売りした酷い女だと思っていてくれれば、ルルーシュは安心してスザクの相手ができたのに。
席に着いても俯くばかりで一向に喋ろうとはしないルルーシュに、スザクはふと思いついたように言う。
「ああそうか。今日は初会だから、君は喋れないんだったね」
なにが初会だ。
確かにスザクの客として座敷に上がるのは今日が初めてだが、この前堂々と会って普通に話したじゃないか。
遊郭のしきたりで、花魁は客と初めての夜には口を利いてはならないという決まりがある。
花魁は客の上座にただじっと座るのみで、客と喋ることも食事を取ることもなく、客の品定めをするのだ。
花魁の相手に相応しいと認められれば次回の目通りが許される。
逆に言えば、相応しくない相手だと思われたのなら、その花魁の元に通うことはできないということだ。
そして口だけではない。初会は夜が更けて同じ褥に入っても、体を繋げることは許されない。
だがスザクとは今更だ。
すでに何度も口を利いた仲だというのに、今更形を取り繕っても意味はない。
それにスザクが望むのであれば、スザクに対して引け目を感じているルルーシュに拒む術などありはしない。きっと押し切られたら拒むことなどできないだろうとわかっていた。
大体、初会だといってもそれを守る客などほとんどありはしないのだ。
客の中には大旦那に叱られるからとやんわりと断ったルルーシュの体を無理やり押し倒して、初めての夜にルルーシュを抱いた男だっていた。
当然そのような男たちはルルーシュの御眼鏡にかなうことなく一回だけで即おさらばとなったのは言うまでもないが、いくらルルーシュが太夫と言えど所詮は一人の遊女。
たとえ高位の花魁であってもしきたりを破れば罰が待っているのは当然だから、結局そのことを誰にも言うことができず泣き寝入りしたこともたくさんあった。
だがスザクはしきたりにのっとって、ルルーシュのことを守ろうとする。
守らなくても店にばれたりしないというのに、律儀にしきたりを守ろうとする。
そのスザクらしい優しさが、ルルーシュには痛かった。
(優しくなんてしないで欲しい)
そんな邪気のない顔で笑われたら、遊女としての自分が壊れてしまう。
もうスザクではなく違う男の面影を追う女としての決意が崩れてしまう。
そう、もうルルーシュの心はスザクにないのだ。
ここで何もかも許してくれそうなスザクの優しさに縋ったら、自分はもう立ち上がれない。
(だから優しくしないでくれ、手酷く扱ってくれ)
すぐ傍にあるその優しさに自分が溺れてしまう前に。
何も言えぬまま、ルルーシュはただひたすらにそう願い続けた。
結局その夜、スザクがルルーシュに触れることは一度としてなかった。
新造→花魁である姉女郎の下につく若い遊女のこと。まだ見習い。
なにやら激しくスザルル展開ですが、この話はあくまでシュナルルですよ。