「懐かしいなあ。あの頃はよく一緒に遊んだよね」
「ああ、そうだな」
「ルルーシュ、覚えてる?あの時さ…」
本来であれば初会であるはずの彼と口をきくなどあってはならないことではあったが、折角久方ぶりの再会なのだからと、ほかならぬシュナイゼルの勧めもあって、ルルーシュはスザクの隣に控えていた。
スザクの側について酌をしながら彼の話に耳を傾ける。
打算も思惑もなく、ただ純粋に、楽しそうに笑う彼。
彼の動きに合わせてくるくると巻く栗色の髪がふわりと揺れる様子が以前と全く変わらなくて、ルルーシュはその懐かしさに少しだけ目を細めた。
だが同時に、どうして、という思いも生まれる。
私はスザクにあわす顔なんてないのに。
二年前、二人が別れた最後の時に、自分がスザクにした仕打ちはひどく彼を傷つけたはずなのに。


ルルーシュとスザクの家は、江戸城下町でも数多くの商家が軒を連ねる大通りの向かいにあった。
しかしすぐ向かいの家同士といっても、スザクの家はルルーシュの家とは比べ物にならないほどの大店。
スザクの父親はスザクがルルーシュやナナリーと共に過ごすことをあまり快く思っていなかった。
だが子どもたちには大人の思惑など関係ない。
歳も近く幼い頃から隣の家で育ってきた三人が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
「大きくなったらルルーシュは俺と結婚するんだからな!」
そんなことを言っていたこともあったな。
いつものようにナナリーも含めて三人で遊んでいた時に、スザクが突然言い出した言葉。
有無を言わせぬ勢いで宣告してきた幼馴染に、何を馬鹿なことをと口では言いながらも内心嬉しく思っていた自分がいた。
きっとあのままの暮らしが続いていたなら、スザクの元に嫁ぐということもあったのかもしれない。
今となってはありえないことではあるが、あの頃の自分達は大真面目だった。
だって、あの頃は二人を隔てるものなんてなかったから。
何の疑いもせずに、この幸せな暮らしが続くのだと思っていたから。
それが崩れたのは突然。
ルルーシュは明日をも知れぬ身の上となり、スザクの父親はスザクにルルーシュと会うことを禁じた。
そのことにスザクは納得いかないようであったが、ルルーシュはもっともなことだと思った。
いくら幼馴染とはいえスザクの家は大店だ。
その跡取息子であるスザクが、商売が成り立っているならいざ知らず、取り潰された商家の娘と頻繁に会っているとあっては外聞が悪い。
ましてや恋心を抱くなどというのはあってはならないこと。
万が一を危惧した父親の命令に、当然ながらスザクは反抗した。
何度家に閉じ込められようと必ず抜け出して、彼はルルーシュの元を訪れてきた。
しかしルルーシュはスザクに会わなかった。
何度戸を叩かれようとも、何度名前を呼ばれようとも、じっと家の中に閉じこもり、ルルーシュはスザクを拒み続けた。
自分と関わっても、スザクにとって何の得にもならない。
スザクの重荷にだけはなりたくなかった。
そしてルルーシュがスザクに会わなくなってからしばらくして、ルルーシュは遊女屋への身売りが決まった。
だから最後に、スザクが自分から離れてくれるように、自分を忘れてくれるようにとルルーシュから別れを告げたのだ。
これからはもう会えなくなるから、自分のことは忘れて幸せになってほしいと。
今思えば、とても陳腐な言葉だったと思う。
それでも自分にとっては精一杯の言葉だった。
恋仲だったわけではないが、スザクも自分も、お互いに好意を寄せていたことは確かだったから。

だけど、
今は懐かしいとは思っても、戻りたいとは思えないのだ。
スザクと過ごした幼少期は、淡い思い出となってルルーシュの心の中で輝いている。あの頃は、確かに幸せだった。
それに比べて今はどうだ。
優しかった母は亡くなってしまったし、妹の病気はいまだ治らない。
自分は男達に媚び、春を売って暮らしている。
つらくないとは決して言わない。
けれど、妹に人並みに幸せな生活を送らせてやることもできるし、自分も衣食住に困らない生活ができる。
ナナリーと一緒に暮らせないのは寂しい。でも、あの時自分がこの道を選ばなかったら、きっと自分達はもっと酷い目にあっていた。
だから私はこの暮らしで幸せなのだ。

それに私は―――

スザクとは反対側で、他の遊女達に取り囲まれている男をちらりと見る。そっと、気付かれないように。
もしあのまま暮らしていたら、この人には会えなかった。
いくらルルーシュの生家が商家だといっても、シュナイゼルの家とは格が違う。
彼の家から縁談はおろか商談すら持ち込まれることはなかっただろう。
遊女になって初めのうちは、つらいことばかりだった。
慣れない環境、遊郭でのしきたり、客に体を開くことの恐怖。
けれど彼に出会って、ルルーシュを彩る世界が変わった。
シュナイゼルに会えたから、ここで生きることができた。彼がいなければきっと耐えられなかった。
だから、遊女になったことで彼に出会えたのだと思うと、今の自分の身の上に感謝さえした。

「…シュ、ルルーシュ。聞いてる?」
「え、ああ、ごめん」
いつの間にか側にいるスザクではなく、少し離れたところで杯を傾けるシュナイゼルのほうへと意識を飛ばしてしまっていたルルーシュはスザクの呼び声で我に返った。
いけない、いくらシュナイゼル様がお馴染だからといっても、今の私のお相手はスザクなのに。
「大丈夫?どこか具合が悪いとか…?」
「いや、なんでもないんだ。すまない…」
「それならいいけど。何かあったら言ってね。僕はルルーシュの味方だから」
「え?」
スザクの申し出にルルーシュは虚を衝かれる。
どうして?
どうしてそんなに私に優しくするんだ。
私はスザクに酷いことをしたのに。
聞きたくても聞けない疑問が胸の中でもやもやと渦巻く。
けれどスザクから先に離れた自分がその疑問を口にするのは厚かましい気がして、何も言えなくなってしまう。
ごめん、スザク。私はずるい女だ。
優しくされるのがこんなにも嬉しいだなんて。
もう今の自分には他に想い人がいるというのに。
自分のうちに宿った思いから目を背けたくて、スザクの隣で曖昧に笑うことしかルルーシュにはできなかった。
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解説。初会→遊女と客がはじめて会うこと。
通常であれば遊女と客が閨を共にするのは客が遊女の元に三回通ってから。
といってもそれは高級なお店だけで、実際は会って一回目でそのまま、って所も多かったようですが。
本当は初会で遊女が口をきくのはタブーなのですが、話の展開上必要なので許してください…。