「え?」
「なんだ、聞いてなかったの?今日は上客が来るらしいわ」
「上客?」
頭の上に疑問符が浮かんでいるルルーシュに姉女郎であるミレイは詳細を話してやった。
「ええ。なんでもシュナイゼル様が取引先の方々を招いて、うちの店で盛大に宴を開くそうよ」
「シュナイゼル様が?」
「ええ。いつもお相手するルルーシュが知らないなんてね。てっきり大旦那から聞いてるもんだと思ってたわ」
いつもよりやけに念入りに夜の支度をする遊女達が多いから、不思議に思ったルルーシュはミレイに疑問をぶつけてみたのだが、返ってきた答えはルルーシュの予想を超えていた。
いや、遊女達の様子から大方想像はついていたのだが、誰が上客なのかまではさすがのルルーシュにも考えが及んでいなかった。
「シュナイゼル様が…」
あの方が宴を開くだなんて聞いていない。
どうして教えてくださらなかったのだろう。
自分にだけは彼の事をすべて隠さずに教えてもらいたいだなんて、たかが一遊女が望むには大きすぎる願いだとわかっていても、思わずにはいられない。
「なあにー?難しい顔しちゃって」
「そ、そんなこと…」
「いいわよー隠さなくても。このミレイ姉さんはばらしたりしないから!」
ミレイはルルーシュの耳元に唇を寄せて、内緒話をするように囁く。
「シュナイゼル様が来るっていうのに、知らせてもらえなかったのが悔しいんでしょ?」
「ち…ちがっ」
「ルルーシュ」
突然真剣な色を含んだ声に諭されて、ルルーシュは弁解しようとした口を閉ざしてしまう。
少し強い口調で言ったことで怖がらせてしまっただろうか、と少し不安になったが、これはきちんと伝えたいことだから、とミレイはルルーシュを真正面から見据えた。
「ルルーシュ、あなたの恋は秘すべき恋だわ」
ミレイの真っ直ぐな言葉にルルーシュはぐっとつまる。
わかってる、道外れた恋だってことぐらい。
だから隠し通さなければならないのだ。
「…別に、私はシュナイゼル様のことを好きだなんて…」
「無理しないで、ルルーシュ。誰にも言えないことだけど、私の前でだけは隠さないでよ」
「でも…だって…」
なおも言い募ろうとするルルーシュに、困ったとでも言うように少し目尻を下げて、ゆっくりと言い聞かせる。
「いいから。叶わない恋を密かに応援する親友が側にいたっていいでしょ?」
「…。…うん」
俯いたまま零れ出た声は小さく呟くようだったけれど、ミレイに伝わるには十分だった。



煌々と明かりの灯る広い御座敷に、一見普通に見えるがよく見れば高価な反物を仕立てたものだとわかる着物を各々身に着けた男達が思い思いの場所に腰を下ろし、その側には男達にも負けぬ鮮やかな衣を纏う女達が控える。
その空間の華やかさは、さすがは江戸でも一番と噂される呉服屋の若旦那が開く宴席、といったところで普段呼ばれる宴とは一線を画していた。
「失礼致します、ルルーシュです」
「ああ、ルルーシュ。こちらにおいで」
鮮やかな色が溢れる部屋の中で唯一一人で座敷に座っていた彼は、障子を開いて室内へと足を踏み入れたルルーシュの姿を目に捉えると破顔して手招きする。
緋色の絹に色とりどりの大輪が咲き乱れる華やかな衣と金糸で複雑かつ見事な模様を縫い上げた豪奢な黒帯を纏ったルルーシュは、衣装の重たさを感じさせない身のこなしでシュナイゼルの元へと辿り着く。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや。なかなか現れない君を待つのも悪くはない。待たされた分、どんなに美しい君が見られるかと思うとね」
「…お戯れはやめてください」
そっと肩を抱き寄せて、シュナイゼルは甘い声で囁く。
「ひどいな、戯れのつもりはないと言っているのに。今日の君はいつもにまして一段と美しいから困ってしまうよ」
「もう…」
優しい声に思わず顔を赤らめて恥ずかしそうにはにかむルルーシュの姿は、春を待つ花の蕾が柔らかにほころんだようなつつましい美しさを秘めていて、隣に並び立つシュナイゼルの美貌もあいまって、完璧な一対の男女に周囲の者たちはほうっと溜息をついた。
「さあ、シュナイゼル様。ルルーシュにばかり構っていないで、宴を始めましょう」
そんな二人の様子を普段から見慣れているミレイはその場を盛り上げるように声をかける。
「そうだね、客人たちをお待たせするのもよくない。始めようか」
主催者たるシュナイゼルの一声で、盛大な宴が始まった。

「それにしても、どうして突然宴を?」
おずおずと声をかけるルルーシュに、シュナイゼルは意地悪そうに微笑む。
「おや、どうしたんだい?私が君に知らせなかったことを拗ねているのかい?」
「ち、違います…」
慌ててふるふると首を振って否定するルルーシュの姿に少し残念そうな顔をしながらも、シュナイゼルは口を開いた。
「ふふ、冗談だよ。君に紹介したい人がいてね」
「私に…ですか?」
「ああ、取引先の息子さんなのだけれどね。きっと驚くと思うよ」
「?」

「こちらに来たまえ、枢木君」

「え…」
シュナイゼルの呼びかけに部屋の向こう側から腰を上げて歩み寄ってくる一人の青年の姿に、ルルーシュは一瞬言葉を失った。
「久しぶりだね、ルルーシュ」
「スザク…?」
「そうだよ。二年ぶりかな?すごく綺麗になったね」
ルルーシュの目の前に立つのは、久しぶりに会う幼馴染の姿だった。
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また一応解説。女郎→遊女のこと。姉女郎→先輩の女郎のこと。
ルルはミレイをミレイ姉さんと呼びます。ルルにとってミレイはは姉であり親友であり、母親のような人です。
そしてスザク登場です。この話はあくまでシュナルルですが、スザクが途中で出張ると思います。