囮として少しは十三姫の格好で出歩け、と清雅が自分を迎えにきたのは半刻程前のこと。
書簡での仕事がまだ残っていたが、十三姫に関わることなら仕方ない。
後宮の外れの桃仙宮に篭もっているだけでなく、ある程度は外出して十三姫を狙う連中に多少の隙を見せるぐらいはしたほうがいいかもしれない。
それにどうせ嫌だと言ったところで、この男は無理やり自分を連れて行くのだろう。
だったら無駄な抵抗はせずに、大人しくついていった方がよっぽど建設的だ。
そう思い、わざわざ動きづらい姫装束に着替えて、間違っても一緒に出歩きたくなんかない清雅とものすごく不本意なのを堪えて出掛けたのに。

なんで外出なのに、後宮のど真ん中に来るのよ、あの馬鹿!!
これじゃあ外出を楽しむどころか、目立たないようにするのが精一杯じゃないの。

かつてこの後宮で生活していた自分にとって、ここはできるだけ足を踏み入れたくなかった場所だ。
秀麗が仮の貴妃として後宮入りをしたのはまだたった二年前。
自分の顔を覚えている女官や侍官がいてもおかしくはない。
身代わりとしてここに乗り込んで来た自分は、正体がばれる訳にはいかないのだ。
十三姫として後宮に入った以上人目に晒されるのは避けられないけれど、それでもできるだけ目立たないように過ごそうと決意しての後宮入りだったのに。




そんな決意をよそに、無理やり自分を外に引っ張り出した男は自分を放り出して女官の私室でその部屋の主と楽しそうに談笑している。
それはまるで秀麗の決意を嘲笑うかのように。

あんたの仕事は一応私の護衛でしょうが!

しかも、一緒に部屋に入ろうとした私に

「私は彼女に聞きたい話がありますが、その話に十三姫さまを付き合わせるわけにはいきません。これから貴方の家となる後宮です。このあたりを少し散策でもなさったらいかかがですか」

などどあの胡散臭い笑顔でぬけぬけと言い、私を置き去りに部屋へと入っていく始末。

なんなのよ、あの男!!
私の仕事が終わってないことも承知で、むりやり連れて来たくせに!
仮にも今の私は十三姫なんだから、護衛してくれたっていいじゃないの!
そんなに私を囮にしたいわけ?

清雅が女官の部屋の中に入ってしまっても、正体がばれる可能性を考えるとあまりうろうろすることはできない。
結局その部屋の前で待ちぼうけをする羽目になってしまう。

「あら、貴方みたいな素敵な殿方にそう言っていただけるとは、嬉しいですわ」
「本当のことを言ったまでですよ」
「まあ、ありがとうございます」

ただ単に待っているだけ、というのも癪なので、部屋の中の様子を窺おうと扉の前で聞き耳を立てる。
この際だから、どんな話をしているのか盗み聞きしてやる!
女官には申し訳ないが、これで清雅の弱みの一つでも握れたら儲けものだ。

「もちろん……。…ですわ。どうして貴方はそれが知りたいのですか」
「いくら貴方でもそれを話すことはできませんね」
「あら、それでは私も話せませんわ。何か見返りがなくては」

扉越しなので聞き取りづらいが、清雅は何か情報を引き出そうとしているようだ。

「見返りが欲しいと…?」
「私から情報が欲しいのでしたら、私に何かしてくださいな」
「そうですか…」

さすがの清雅も見返りまで求められては引き下がるしかないらしい。
ふん、いい気味だわ。

「でしたら、見返りに私の心を差し上げましょう」

はあ!?
あいつ、頭おかしくなったんじゃないの?
あの高飛車、自分大好き、超自信家で俺様な清雅サマが、女官に「私の心を差し上げましょう」だなんて!
天地がひっくり返ったって言うわけないわよ!

「まあ、貴方の心をくださると言いますの?」
「ええ」
「でも、その言葉が本当かどうか確かめることはできませんわ」
「いいえ、できますよ」
「どうやってなさるんですの?」
「…こうするんですよ。」
「まあ、やだ、おやめください」

………??
一体何が起こっているのだろうか。
何かこれは雲行きが怪しくなってきたと秀麗は眉をひそめる。

「…それでは男を煽っているのと同じですよ。本当はやめてほしくないと言っているように聞こえますが」
「……っそんなこと、言わないでくださいませ」
「…可愛い人ですね」

な、なんなの!? なんなのよ!
何が起きてるって言うのよ!
あの清雅が!女嫌いとかそれ以前に、信じてすらいないあの清雅が!

部屋の中から聞こえてくる会話に、秀麗は扉の間で思わず顔を赤らめてしまった。
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すいません、予想以上に長くなったんで一旦切ります!続きは後日に。