三月も中ごろに差し掛かり、世間が年度末で慌しくなる頃。そんな忙しさにさらに拍車をかけるかのように、一部の若者達にとっての一大イベントがやってくる。
三月十四日。俗に言うホワイトデー。バレンタインデーに彼女から贈り物を貰った男がお返しを贈る日として有名だが、本来はどちらがプレゼントを贈るかに性別の決まりはない。
そんな恋人達のイベントの日、アッシュフォード学園のクラブハウスも例外なく甘い雰囲気に包まれて―――

「こらスザク! 砂糖よりも小麦粉が先だって言っただろう!」
「あれ? そうだっけ?」
「ああもう! そんなめちゃくちゃに混ぜたら生地が膨らまないだろうが! 貸してみろ」
「ご、ごめん…でも大丈夫だよ」
「もういい! お前に任せたら作れるものも作れない。俺がやるからお前は黙って見てろ!」

―――はいなかった。

まさに戦場と化したクラブハウス内のキッチンで、ルルーシュとスザクの二人は攻防を繰り広げていた。
「まったく! なんでもかんでも混ぜればいいってもんじゃないんだぞ!」
「え? ダメなの?」
「ダメに決まっているだろうが! お前、こういうことはてんでだめだな。センスがない」
「ひどいなあ…僕だってそれなりに料理はできるんだよ? そりゃ君には劣るけどさ」
ルルーシュの言葉は容赦ない。そんなに全否定しないで、もうちょっとくらい認めてくれたって良いのに。一人暮らしを長く続けているぐらいだから、スザクだってちゃんと自炊はできるのだ。自分で言うのもなんだが、結構上手いほうだと思う。運動以外は何をやらせても完璧、なルルーシュほど上手くないにはしても。
だがルルーシュはその答えがお気に召さなかったらしい。げっそりした様子でスザクを睨みつけた。
「お前のあれは野性味に溢れすぎているだろう…」
「えっ…そうかなあ」
確かにちょっとばかりやり方は荒っぽいが、あれはあれで立派な料理だ。スザクが真剣に首をかしげるのを見て、ルルーシュは余計げっそりした様子で溜息をついた。
「いいか? 菓子作りとは繊細で、すべての点において計算しつくされた作業なんだ! 材料の分量、生地の混ぜ方、オーブンの温度から加熱時間まで、どれを一つ間違えても完璧な菓子は完成しない!」
ルルーシュはしみ一つ無い、白く綺麗な指をびしっと突きつける。
「それをお前は分量も手順も無視して勝手に進めようとして! だいたいお前がホワイトデーのお返しを自分で作りたいと言うから教えてやっているんだぞ?」
そうなのだ。どうしてホワイトデー当日になって二人でキッチンにいるのかと言うと、スザクがお返しのプレゼントを用意していないと言い出したからだった。それを聞いたルルーシュは、可愛い妹のナナリーにお返しをしないものなら今後一切この家には近寄らせないとスザクを脅したのだ。
どうやらルルーシュとしては急いで今からプレゼントを買って来い、というつもりだったらしいのだが、スザクはそんなルルーシュの考えなどまるっきり無視し、じゃあルルーシュがお菓子作りを教えてよと頼み込んだのだった。
「ごめんごめん」
「反省の態度が見られない!」
「ごめんってば。ちゃんと君の分も作るから許してよ」
「………俺が教えたなら意味がないだろう」
「あー…うん。まあ、そうなんだけど。でもこういうのは気持ちの問題って言うじゃないか」
「………いいからもう座っててくれ。あとは俺がやるから」
もう呆れ果てたとばかりにルルーシュがスザクをキッチンから追い出す。そんなに邪険にしなくたっていいじゃないかと思いつつも、スザクは素直にそれに従った。確かに自分には菓子作りがむいていないらしいことが、流石にこの短期間でもわかったからだ。
キッチンと対面式になっているダイニングのソファに腰掛け、することがなくなってしまったスザクはルルーシュの様子を眺めることにした。
(なんかこうしてると新婚みたいだよね)
勿論自分が旦那でルルーシュが奥さん、って意味でだけど。ルルーシュがキッチンに立って、自分がそれを眺めていて。まるで絵に描いたような家庭の図だ。
そんなことを考えていたら、なんだかルルーシュがとても愛しい存在に思えてきて、スザクは顔をほころばせた。
ルルーシュは可愛い。こんな風に文句を言いながらも、いつだって最後まで自分に付き合ってくれる。普段は他人のことなど気にも留めないのに、自分の我儘だけは聞いてくれる。それはまるでスザクが特別だと、態度で示してくれているようで嬉しかった。
「なあスザク」
手だけは相変わらず動かしたまま、ルルーシュがスザクへ声をかける。
「なに、ルルーシュ?」
「お前、どうしてプレゼントを用意しなかったんだ? こういうのは前日までに用意しておくのが普通だろうが」
「えーっと……軍の仕事で忙しかったから?」
「……なんでそこで疑問形なんだ」
本当のことを言うと、ホワイトデーのプレゼントはルルーシュの分もナナリーの分もすでに買って鞄の中に入っている。自分で作るより買ったほうがいいことぐらい、ルルーシュに言われずとも理解していたから、忙しいなりに時間を見つけてプレゼントを買いに行った。
なのにわざわざ嘘をついて、ルルーシュに頼んでお菓子作りに協力してもらったのは……
(最近、二人きりの時間って取れなかったからなあ…)
お互い色々と忙しくて、ここ一ヶ月はあまり会うことができなかった。最後に二人きりの時間が取れたのはバレンタインの時。つまりはこうして恋人同士の時間を過ごせるのは一ヶ月ぶりなのだ。
だからちょっとでも長く一緒にいたくて、菓子作りを教えてほしいとルルーシュに頼み込んだ。まだナナリーのプレゼントを用意していないと言えば、きっとルルーシュは自分に付き合ってくれると思ったのだ。
でも、もしたったそれだけのためにルルーシュに菓子作りを教わっているなんて言ったら彼は怒るだろうか。
「まあ、お前がナナリーのためにそこまでしてくれるのは、俺としては嬉しいけどな」
生地が完成して、あとは焼けるのを待つだけになったのだろう。ルルーシュが両手に湯気の立ち上るカップを持ってダイニングまでやってきて、ソファに座るスザクの隣に腰をおろす。片方のカップをスザクに差し出して、ルルーシュは自分の分の紅茶に口をつけた。
「どうせお前のことだから買った物で済ますのかと思っていたよ。わざわざすまないな」
言いながらルルーシュがにっこり笑う。それはどう見てもナナリーの兄としての立場から出た言葉であって、聞いていると不愉快だった。
「……違うよ」
「スザク?」
「ナナリーのためじゃない」
「え? あ、ちょっ…」
ルルーシュの腕を掴んで押さえつける。そのままぐっと身を乗り出して、咄嗟の事態に反応が取れないでいるルルーシュの動きを封じた。
「僕がホワイトデーのお返しを一番贈りたい相手は君だ」
「ちょ…スザク、はなせ…」
「嫌だよ。せっかく二人っきりなのに」
唇がほとんど触れそうな距離でそっと囁く。観念したルルーシュがそっと目を閉じるのを見て、スザクは望まれるままに口づけた。
「んっ……」
引寄せられるようにして重なる唇。離れていた時間を埋めるように、それはどんどん深くなっていく。互いの声も吐息も飲み込み、すべてを奪い尽くすように口内を舐る。
ルルーシュを独り占めしたい。自分の腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくない。スザクの中の醜い感情が、むくむくと湧き上がっていく。
「……ん……っは、」
長かった口づけが終わり、そっと二人の影が離れる。互いの唇を繋ぐ透明な糸が妙にいやらしい。倒れこんで来たルルーシュを受け止めて、ぎゅっと抱きしめる。唇が離れた途端真っ赤な顔で苦しそうに息を継ぐルルーシュに、少しやりすぎてしまったと思ったが、如何せん久しぶりすぎたせいで手加減できなかった。
「ごめん、ルルーシュ」
「謝るくらいなら最初からするな…」
「ごめん。でも、我慢できなかったんだ。最近あんまり一緒にいられなかったから、少しでも長く君と一緒にいたくて」
一分、いや、一秒でもいいから長くルルーシュの傍に居たい。そうしてずうっと傍にいて、ずっと自分のことだけ見ていて欲しい。
自分勝手な独占欲だと思う。二人の時間を過ごしたかったのは本当だけれど、ルルーシュを独占してしまいたいから、というのが本音だった。今日が休日で良かった。だって平日だったら学校で沢山の女子に囲まれるルルーシュを見なくてはならない。休日の今日は自分がこうして傍に居れば、彼を独占できる。
スザクがそんなことを考えているなんて、きっとルルーシュは思いもしないのだろう。
「………俺も、寂しかった」
 スザクの胸に顔を埋めたまま、ほとんど聞こえないくらいの小さな声でルルーシュが返す。普段は意地っ張りなくせに、こういうときだけえらく素直なのが可愛すぎて仕方がない。きっと本人は無意識なのだろうけど。
「僕もだよ、ルルーシュ」
そうして何も知らないであろう可愛いルルーシュの唇に、今度は軽く触れるだけのキスを落とした。
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2009年春コミのスザルルぷちでのペーパーラリー企画で無料配布したSSペーパーより。
テーマはホワイトデーでスザクsideとルルーシュsideで二種類ランダム配布でした。
ちなみにタイトルはJazzの曲より。可愛い曲です。ピアノソロがかっこいいんです。