「あ、ルルーシュ」
授業も終わり、皆が思い思いの放課後を過ごすアッシュフォード学園。
その学園の教室からクラブハウスへ移動しようと廊下を歩いていたルルーシュは、背後からの声に足を止めた。
「…スザク?」
まさか来ているとは思っていなかった人物から声をかけられて、廊下の途中で後ろを振り返る。
最近スザクはよく学園へ足を運ぶ。
それはあの日、そう、あの忌まわしい、キューピッドの日以来。
一体あの日の何が一番忌まわしかったのかは優劣つけがたいところであるが、ルルーシュにしてみれば、最悪の悪夢はその後日だった。
当日は学園に顔を出さなかったものの、後になってリヴァルたちから事の顛末をすべて聞かされた(しかも話さなくてもいいのに、ルルーシュがどれだけ沢山の女の子たちとデートしたかをまるで武勇伝のように事細かに話してくれた。実に迷惑だ。)スザクによって、その後約三日間にわたり、昼夜問わず嫌というほどスザクに抱かれる羽目になったのだ。
それも、ルルーシュにとっては理解しがたい、実に理不尽な理由で。
スザクが言うには僕以外に余所見をするような悪い子には躾を、という大義名分らしいのだが、ルルーシュからしてみれば、何故そんなに束縛されねばならないのか理解できない上、半ば軟禁される形での暴行と言って差し支えない行為は、まさに悪夢だった。
お陰で一週間ほどが経過した今でも、まだどこか腰の様子がおかしいし、散々体に刻み付けられた鬱血の後は色濃く残っている。
しかし目の前のスザクはルルーシュにそんな仕打ちをしたとは思えないほど、にこやかに笑っている。
それはもう、ルルーシュが思わずイラっとするぐらい嬉しそうに。
「ちょうど良かった。生徒会室に行ったんだけど君に会えなかったから」
「あ、ああ。ヴィレッタ先生にちょっと雑用を押し付けられてさ。これから行くところだったんだ」
表面上は穏やかに微笑んで見せても、ルルーシュの内心はまったく穏やかではない。
ちっ、スザクに邪魔されるとは。
本当は司令部に行くつもりだったのだが、この調子では今日は無理だ。
いくらスザクとの関係が一応は(あくまで一応だ)一年前と同じ“恋人”というものに戻ったとしても、俺はスザクを信用したつもりはない。おそらくそれはスザクもだろう。
何しろ親友でもあり恋人でもあった自分を売ったぐらいだ。
そんないつ裏切るかもわからない男の前で、自ら疑われるような行動に出るのは得策ではない。
仕方ない、後でロロに連絡を入れればなんとかなるか。
それより目の前のスザクをどうにかすることのほうが先決だ。
「それで?俺に何か用か?」
「うん、ちょっと君に渡したいものがあったんだ」
「渡したいもの?」
「これなんだけど」
そう言ってごそごそとポケットに手を突っ込んで取り出したのは、透明なビニールに包まれた球状の粒。
ピンク色のそれが10個ほど詰まったその袋を、スザクはルルーシュの目の前でひらひらと振る。
「これは…飴か?」
「うん。そうだよ」
「……なんでこれを俺に?」
どこからどう見ても普通の飴にしか見えないが、何故これを俺に渡そうなどと思ったのだろう。
「人づてに貰ったものなんだけど。この飴、ちょっと特殊なんだ」
「……特殊?」
異常なまでに楽しそうな笑顔を浮かべるスザクに、ルルーシュはなにやら嫌な予感を覚えた。
それにスザクが言った「人づてに貰った」という言葉も気になる。
スザクの人間関係から考えておそらく軍人の知り合いからなのだろうが、スザクがことあるごとに持ってくる貰い物とやらに、ルルーシュは良い思い出があったためしがない。
例えばそれは上司から貰ったという如何わしい所謂“大人の玩具”というものであったり、何の漢方やら薬草やらが入っているのか不明な効くかどうかもわからない“媚薬”というものであったり。
ルルーシュの思考回路では何故そんなものを素直に受け取ろうとするのかはっきり言って理解不能なのだが、貰ったスザク本人は案外嬉しそうで、しかも最悪なことには、いつもそれをルルーシュに押し付けてくるのだ。
スザクからしてみれば折角貰ったから試してみよう、ぐらいの気持ちなのだろうが、それを使われる身としてはたまったものではない。
実際、例の大人の玩具とやらは情事の際に散々焦らすために使われた挙句、僕が軍の仕事でいないときはこれを使えばいいよと無理やり押し付けられたし(有無を言わせぬスザクの様子に仕方なく受け取ったが、二度と使う気にもなれなかったので机の引出しの中にしまいっぱなしだ)、媚薬とやらは絶対に口にするものかと抵抗したもののあっさり押さえこまれて口移しで飲まされた。(結局媚薬が効いたのかは判らず仕舞いだったが、あの日は特に乱暴に扱われたのに何故か感じてしまう自分がいて、お陰で羞恥で死ぬかと思った)
つまるところ、ルルーシュはいつもスザクの貰い物とやらで多大なる迷惑を被っているのだ。
そんなこんなで、スザクが自分の元へ持ち込むものに対してルルーシュは実に過敏になっていた。
だから今回も、見た目が普通の飴であろうと油断はできない。
特にスザクはこの飴を“特殊”だと言った。
あえてそんな言い方をするからには絶対に裏がある。あるに決まっている。
こういうときは係わり合いにならないのが一番だ。
先手必勝。逃げるが勝ち。
そんな言葉を思い浮かべながらくるりと背を向けて、その場から猛ダッシュで逃げ出そうと足を一歩踏み出して―――
力強い腕に腰をがしっと抱え込まれて、ルルーシュは身動きが取れなくなった。
「お、おいスザ…」
「ねえ、ルルーシュ」
首元に顔を埋めるスザクの掠れた吐息が耳をくすぐる。
そのもどかしい感覚に身を捩ろうとするも、強く抱きこまれた体はびくともせず。
「ルルーシュ、この飴舐めたくない?」
「舐めたくないに決まって…ひぁっ!」
ルルーシュの否定の言葉を遮るかのようにつっ、と首筋を舐め上げたスザクに、思わず反応してしまう。
「ふふっ…ルルーシュは可愛いなあ…」
「可愛いとか、言うな…ぁっ!」
茶化すような言葉とは裏腹に背後から伸ばされた手が、ルルーシュの体を這う。
顎をくいと掴み、そのまま首筋をすっと撫で、伝うようにして胸へと伸ばされる指先。
弱点の一つである脇腹を殊更ゆっくり撫で上げ、ぶるりと震えたルルーシュの体をいとも簡単に押さえ付けて、さらに敏感な下半身へと手が伸びる。
「すっ、すざく…っ!」
こんなところで!と抗議の声を上げるも、そんな抵抗は予想内とでもいうかのように、スザクは動じなかった。
「じゃあ、飴舐めるよね?」
語りかける声音はあくまで優しく、だが逃げ道は残さない。
「…っ…」
ここで断れば、このまま廊下で最後まで事に及ばれるのは必須だ。
普通なら流石に廊下でそこまでするかと言われそうだが、スザクならやる。それはもう、絶対にやる。
いくらなんでもそれは避けたい。いや、何としてでも絶対に避けたい。
いつ誰が来るかもわからない廊下でなんて、まっぴらごめんだ。
それを考えれば、スザクが持ってきたいかにも胡散臭い飴を舐めるほうがまだ幾分かマシだろう。
「わ、かった…、舐めるから…ぁっ!手、放せっ!」
「いいよ」
ルルーシュの懇願に、スザクは以外にもあっさりと拘束を解く。
だがそれにほっと一息ついたのもつかの間、いきなり体を反転させられて、今度は正面から向かい合う形でぎゅうっと抱きしめられた。
「お、おいスザクはなせって…んんっ!」
突然唇に押し付けられた熱。
咄嗟のことに反応できずにいるうちにあっという間に結んだ唇の間を割られ、熱い舌が口内へと侵入を果たす。
「んうううっ、んっ!ん…」
必死で引き剥がそうとスザクの胸を押してみるものの、当然というかなんというか、スザクは意に介した様子もない。
それどころかさらに腰をがっちりと抱え込んで、重なり合う唇の角度を深いものにする。
そのときふわりと鼻を掠めた甘い香り。
「んむっ…んんんっ!?」
スザクの舌によって、甘くて丸い何かがゆっくりと押し込まれてくる。
まさか、とルルーシュが驚きに目を見開くと、すぐ間近のスザクの瞳は実に愉快だといわんばかりにすっと細められて。
口移しで渡されたそれが先ほどの飴玉だと悟って、ルルーシュは恥ずかしさのあまりぎゅっと目を瞑った。
「ふっ…ん、…っんんっ」
時折気まぐれのように放されてはすぐにまた深まる結合。
舌先で口内をくすぐられる感覚。ねっとりと歯列をなぞる舌の動き。
それらを快感として拾い上げて、体中へ伝わるじれったい痺れ。
―――思考が焼き切れそうなほど、甘ったるいキス。
「んむっ…んっ、」
ルルーシュの唇の端から零れ落ちるのは抵抗の言葉ではなく、意味を成さない鼻に抜けるような声だけ。
「ふぁっ…」
舌先で飴を転がすように動かされて、いつもと違うキスに翻弄される。
返ってくる反応が違うことが面白いのか吐息だけでふっと笑うスザクの気配にも、煽られる。
結局、口内の飴玉が完全に溶けきって形を失うまで、甘い責め苦は続いた。
「…っは」
いつ終わるのかと思うほど長く深い口づけからようやく解放されて、ルルーシュはくたりとその場に座り込んでしまう。
「どう?気持ちよ良かった?」
まあその様子じゃ答えなんて聞かなくてもわかるけど、なんて最悪の声が頭上から降り注ぐ。
ルルーシュはその言葉にやっとの思いで顔を上げて、スザクをキッと睨み返した。
しかしスザクはそれすら楽しいのか、満面の笑顔で(ルルーシュにいわせれば獲物を手に入れた悪魔の微笑みだ)ルルーシュを見つめるだけだ。
頬を上気させて肩で息をするルルーシュを満足そうに眺めて、スザクは再びポケットに手を突っ込み、今度は小さな白い紙袋を取り出す。
取り出したその袋はまるで医者が処方する薬の袋のようで。
「ねえルルーシュ。この飴、実は名前があるんだよ」
知りたい?と尋ねるスザクに、知りたくない!とせめてもの思いで強がってみたものの、結局ルルーシュの意志などはなから無視するつもりだったスザクには、そんな言葉は届くはずもなく。
すっと目の前に差し出された紙袋に記されていた文字と楽しそうなスザクの声にルルーシュは絶句した。
「この飴はね、素敵な恋が実る飴、って云うんだ」
「なっ…!」
―――薬効は本物かなってちょっと疑ってたんだけど、ちゃんと効いたよね?
耳元にそっと落とされた囁きに、ルルーシュの顔が真っ赤に染まったのは言うまでもない。
友人がお台場でお土産に買ってきた飴の名前が本当に「すてきな恋が実る飴」
処方薬の袋みたいなパッケージで名前書く欄とか飲み方の指示まであって笑いました。
ちなみにスザクにこの飴を渡したのはジノさんという裏設定。