アッシュフォード学園。
久しぶりにここを訪れたのは、別に自分の意志ではない。
思い入れがあったとか、そういうことでもない。
それはただ単に、今の上司から命令されたからだ。
「このエリアに来るのも久しぶりだろうから、たまには友達に会ってきたらどうだい?」
提案のようでいて有無を言わさない強い口調で告げられたら、いくら騎士とはいえ名誉ブリタニア人の自分にはどうすることもできない。
彼の言葉に戸惑いながらも了承して休みを貰い、この場所へ来たのはいいが。
やはりというかなんというか、軍人として足を踏み入れるのは少々居心地が悪い。

あの時から、もう一年が過ぎた。
主からの勧めで通ったこの学園で、仲間と過ごした時間はまるで夢のように鮮やかな色をスザクに残している。
それはもう、瞼を閉じればその裏に楽しかった光景が浮かぶぐらいに。
校舎の外観も、この学園を包む空気も、すべてが記憶と同じままで。
通り過ぎる生徒たちの顔ぶれだけが、少しずつ違う。
懐かしいなと思う感情はわずかにある。
しかしそれでもその感情が心の琴線に触れることはない。
すでにここは自分にとって過去の場所なのだ。
思い出そうとすれば胸が痛むのは、きっと。

ぼんやりと辺りを見回しながら一人校内を彷徨っていたスザクは、ここに来た本来の目的を思い出した。
別に監視がついているわけでもないから命令を守る必要もなかったが、せっかくだからとスザクは生徒会のあるクラブハウスへと歩みを進める。
あの混乱の日以来一度も顔を合わせていない自分が訪れたところで、彼らが歓迎してくれるのかはわからなかったが。
そうしてクラブハウスへの前まで辿り着いたスザクは、建物の前に立ちすくむ一人の人影に目を奪われた。

そんな、まさか。
あそこに立っているのは。
見覚えがある、なんて生易しいものではない。
誰よりも愛しくて、だからこそ誰よりも憎くて、ずっと追い求めつづけた彼。
後ろを向いたその男子生徒の顔は見えなくても、立ち姿だけで―――十分だった。

ゆっくりと一歩一歩を踏みしめるようにその少年へと近づく。
もしや別人ではという淡い期待は、背後の気配に気付いた少年が振り返ったことによって見事に打ち砕かれた。
すらりと伸びた体躯、さらさらと流れる真っ直ぐな黒髪、整った美貌。
深い紫玉の瞳がスザクを見つめる。
一年前、相対した時とまったく変わらない静かな目で。


「どうして…ここにいるんだ」


“ルルーシュ”


名前は、呼べなかった。


スザクの問いにも、彼は冷ややかだった。
「どうして、だと?お前がそれを言うのか。俺から黒の騎士団という居場所を奪ったお前が」
本当に本人なのかと思うほど、彼の表情は動かない。
「…俺はもうここにしかいられないからだ。この箱庭の中にしか」
「そういうことじゃない!」
爆発しそうになる感情を必死に押さえつけようと両手を握り締める。
そうして無理矢理に喉の奥から声を絞り出して、スザクは彼に問うた。

「なんで…生きてる」
お前は、俺が。
「殺したはずなのに、か?」
「っ!」
「知らないさ。気付いたらここにいた」
何故そんなに冷静でいられる。
自分の生死について淡々と語る彼は、どこか作り物じみて不気味だった。
「そんなこと信じられるわけ…!」

「兄さーん!!」

突然わりこんできた声に振り向き、声の主の姿に一瞥を投げて、スザクはさらに驚愕した。
お前は、誰だ。
ふわふわと柔らかそうな質感の髪に、どこか人懐っこさを感じさせる顔、そしてなにより。
ルルーシュと同じ、紫の瞳。

「…ロロ」
「兄さん!…あ、」
近くまで駆け寄ってきてようやくスザクの存在に気付いたらしいその少年は、先ほどまでの笑顔から一転、注意深く警戒した視線をこちらへと投げる。
そして当たり前のように彼の隣へと歩みを進めたその少年に、スザクは敵意が湧きあがるのを止められなかった。
そんなスザクの想いを知ってか知らずか、少年はにっこり笑って口を開く。
「はじめまして、枢木スザクさん。ロロ・ランペルージです」
ロロと名乗ったその少年は、自然な仕草で彼の肩に手を置く。
「僕の兄さんが以前ずいぶんとお世話になったみたいで」
「…お前、誰だ」
「いやだなあ、ランペルージって名乗ったじゃないですか。ルルーシュ兄さんの弟ですよ」
「弟なんているわけ・・・」
彼の同母兄弟は妹一人で―――。
そこまで言ってようやく気づいた。
今まで彼が見せた翳りの表情の理由に。

「ナナリーは!ナナリーはどうしたんだ!」
「!!」
最愛の存在が話題に上った途端、彼の無表情が崩れ、端正な顔が痛みを堪えるように歪む。
「兄さん、行こう。あんな奴の言葉に耳を傾ける必要はないよ」
そうして少年は彼の肩を抱き込んでクラブハウスへと入ろうと歩き出す。
拒絶するように背を向ける彼にスザクは叫んだ。
「ナナリーが一番大事なんじゃなかったのか!」
その声に彼の歩みが止まる。
ゆっくりと、振り向いた顔にやはり表情はなかった。

「…そうだな。でも、ナナリーのことを敵のお前に教えてやる義理はない」
「っ…なん、だって…」
一瞬答えに詰まったスザクに、彼はその反応こそ信じられないとでも言うかのように声を荒げた。
「何を今更。お前が敵でないとでも?それに初めに裏切ったのはお前だろう。俺を守るなんて口では言いながら、ユーフェミアの騎士にまでなって。ブリタニアに跪くお前を眺めるしかできなかった俺の気持ちなど、お前には到底わからなかっただろうな」
「っそれはルルーシュを守るためだった…!」
「守る?自惚れるな。俺は守ってもらいたいだなんて一言も言っていない」
やっと彼の名前を呼べたことも、怒りの感情のあまりにスザクの頭の中から吹き飛んでしまう。
いつの間にか彼の眼差しはきつく睨みつけるものに変わっていた。
「傲慢だよ、スザク。何様のつもりだ。あの時俺に銃を突きつけておきながら、守りたかっただなんて嘘をつく」
「嘘なわけないだろう!」
「それを信じろと言うのか?俺はもうお前が信じられない」
黙り込んだスザクに追い討ちをかけるかのように彼は言う。
「今の俺はお前の“ルルーシュ”じゃない。お前にとって俺はゼロだ。黒の騎士団を率いていたのも、お前の主を殺したのも、俺だ」
「!」

それは否定のしようのない事実だった。
慈愛の皇女が殺された時、自分の意志が彼によって歪められていたのだと知った時、神根島の遺跡の中で彼と向き合った時。
戦場で会うとき、彼はいつも“ゼロ”でありつづけた。
ただの“ルルーシュ”であってくれとのスザクの願いも空しく。
確かに事実だ。それでも。
今わざわざそれをはき捨てるように告げた彼が、心底憎いとスザクは思った。

「お前はブリタニアの騎士だろう?ああ、そうだ。折角昇進したのに祝ってやっていなかったな」
口の端を吊り上げるようにして彼は笑う。
「ナイトオブラウンズ就任おめでとう、スザク」
彼の瞳はこちらに向いていても、最早スザクを映してはいない。
深い紫電の奥には静かな怒りの炎が燃えていた。
「俺はお前が憎いよ。お前さえいなければ、ナナリーを失わなかったかもしれないんだからな」
「それは…!」
「そうだな、俺が悪いんだ。いつまでもお前を信じようとしたあの時の俺が馬鹿だった」
そうして今度こそもう用はないとばかりにスザクに背を向ける。

「さよなら、スザク。俺はもう、お前なんていらない」

彼が去っていくのを呆然と眺めていたスザクに、もう一人の少年が声をかける。
「さようなら、枢木スザクさん。兄さんの大切な人はもうあなたじゃないんです。二度と兄さんの前に現れないでください」
ふっ、と不敵な笑みを残して少年は彼のもとへと駆け寄って行く。

スザクにはただ、二人を見送ることしかできなかった。
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2期妄想爆発、スザルルロロ。公式情報が出る前にやっちまえ!って感じです。
スザクが白いんだか黒いんだかわからない話になりました。俺スザクの予定だったのに。
しかし日々ロロが気になって気になって仕方ありません。
ロロは傷心の兄さんを日々慰めながらスザクに闘志を燃やしてるといいよ!