ルルーシュ・ランペルージ。17歳、女。
アッシュフォード学園の生徒会副会長にして、眉目秀麗、成績優秀、品行方正と名高い彼女は、今現在非常に機嫌が悪かった。





「なぁに〜?ルルちゃん?そんなしかめっ面してたら、折角の美人が台無しよぉ」
そんな言葉とともに背後からがばりと抱きつかれたルルーシュはうんざりといった表情で溜息をつく。
「会長。あなたがちゃんと仕事をしてくれたら、この顔は普通に戻るんですが」
「うっ…」
今日も相変わらず麗しい声を聞かせてくれる彼女は、その声で冷たくミレイのからかいをばっさりと切って捨てる。
いつものことだけど、きっぱりすっぱり言ってくれちゃって。
まあ、そんな融通の利かないところが逆に可愛いくていじめたくなっちゃうんだけどねー。
普段突拍子もない企画を計画しては生徒会の面々を巻き込む強気の生徒会長も、仕事に関してだけは彼女に口答えしようとしない。
仕事を溜め込んでばかりのミレイは、常にルルーシュを頼りにしている。
というより、頼りにしすぎている気もする。
ミレイがつまらないと仕事を投げ出せば、その分が回ってくるのはルルーシュなのだ。
そのあたりでルルーシュに迷惑を掛けている自覚がしっかりとあるミレイは、ルルーシュの辛辣な言葉に何も言い返さなかった。

ルルーシュは再びはあ、と溜息をついて、ミレイに向き直る。
「会長が仕事を溜め込むのはいつものことだから諦めてますけど、年度末くらいは働いてくださいよ。手伝いますから」
「ルルーシュ…!」
瞳を潤ませて見つめてくる会長。
珍しい、この人でもこんな顔するんだ、などど呑気に考えていたルルーシュは、次の瞬間ミレイの熱烈なアタックを受けることになった。
「あんたってばやっぱりいい子ねー!」
「なっ…、か、会長っ…!く、苦し…」
今度は抱き潰されるかのように強く抱きつかれて、あまりの苦しさにルルーシュは身じろぐ。
誰か助けてくれ、と思ったルルーシュの心の内を読み取ってくれる優しい生徒会メンバーは、残念ながらその場には誰もいなかった。





あんなこと言わなければ良かった、今のルルーシュの心境はまさにそれだ。
結局あれから会長の仕事を半分やる羽目になったルルーシュは、すっかり日の暮れた路地を歩いていた。
体の横に抱えた鞄には今日一日で処理しきれなかった書類の束とパソコンが入っている。
朝より重くなった荷物に気分がげんなりとしたが、一度引き受けてしまったものは仕方ない。
それだけならルルーシュの機嫌はこんなにも悪くならなかった。
それもこれもすべての原因は学校帰りに駅前の繁華街に立ち寄ったことにある。
ルルーシュとしては欲しい本があったので本屋に行っただけなのだが、周囲はそう受け取ってくれなかったようだ。
本屋で買い物を済ませ、繁華街から抜け出るまでの間に、幾人もの男達に声を掛けられた。
純粋に道を聞きたいだとか、そんな用件なら構わない。
ただ実際は、そんなまっとうな理由で声を掛けてくる奴なんていない。
どいつもこいつも下心があって声を掛けてくるのが丸わかりだ。

はっきり言ってルルーシュは美人である。
ぬけるように白い肌、すらりとした体躯、整った美貌、そして何より鋭い紫玉の瞳。
彼女のずば抜けた容姿は学園でも常に注目を集めているし、告白されることもしょっちゅうだ。
ただし本人にまったく自覚はなく、いつも面倒なことだとしか思っていなかったが。
だからルルーシュが街中で人目を引いたのも無理のない話だった。
たとえ彼女の着ている物がそっけない制服のセーラー服でも、女子高生にしては珍しく化粧も何も気を使っていないとしても、そんなことは関係ない。
むしろそういう彼女の飾らないそのままの美しさが、彼女の魅力をますます引き出していた。

だがしかし、街中で女をナンパするような男達にルルーシュがなびくはずもない。
なんなんだ、どいつもこいつも!
人が下手に出て大人しくしていれば、いい気になってべらべらと話し掛けてきて!
おまけに許した覚えもないのに、肩に手を置いたり!手を握ろうとしたり!
中には強引に腰を抱き寄せて近くの路地まで引きずり込もうとする奴まで!
幸いにも側にいた親切な人たちが助けてくれたから事なきを得たものの、あまりの理不尽さにルルーシュは泣きたい気分だった。
一体私が何をしたって言うんだ!
男達に絡まれるようなことはしていないはずだ!
自分の容姿がいかに周囲を惹きつけているか、そのあたりの自覚がないルルーシュは、自分が絡まれる理由を理解していない。


だからだ。
「あの、」
背後からルルーシュの肩を叩いた存在に、ルルーシュの眉がピクリとつり上がったのは。
正直、またかと思った。
一体どれだけの男に声を掛けられ続けなければならないのか。
はっきり言って鬱陶しいことこの上ない。
いい加減嫌気が差していたルルーシュは、相手を確認することもせずに振り向きざまに叫んだ。
勿論、手に持ったパソコンで相手を殴りつけるのも忘れずに。
「うるさい!私に触るな!!」
「う、わぁっ!」
当然相手に当たると思っていたパソコンは見事に避けられて、代わりに聞こえた間抜けな声。
ぶん、と思い切り振り回した腕は目標を捕えられずに空を切る。
パソコンの重さと腕の遠心力が、ルルーシュの体の重心を後方にずらす。
そのまま倒れまいと体重を支えるために踏ん張った足は空しく滑り、ルルーシュは見事にバランスを崩した。
危ない、と頭で認識してももう遅い。
このまま後ろ向きに転んでしまう、と思ったが、どうすることもできずせめてと目を瞑って衝撃に耐える。
がしかし、いつまでたってもその衝撃は訪れなかった。
おそるおそる目を開くと、そこには人の顔。
「大丈夫?」
こちらを覗き込む見知らぬ顔が、心配そうに見つめてくる。
「ほ、ほわあああっ!」
素っ頓狂な声を上げたのは今度はルルーシュのほうだった。
条件反射のように手を突っ張り、相手を突き飛ばす。
「っ!」
相手は突然のルルーシュの行動に驚いて体をふらつかせる。
しかし彼は呆気に取られるルルーシュの目の前で、見事な反射神経により受身を取った。
「…ごめん。まさかそんなに驚くとは思ってなかったから」
そこでルルーシュははっと気付く。
そういえば彼は倒れかけた自分を助けてくれたのだ。
それなのに、いきなり突き飛ばしてしまうなんて。
「え…あの、いや。こっちこそすまなかった。思わず突き飛ばしてしまって…」
「いや、驚かせた僕も悪かったし。でもなんで振り向きざまに殴られかけたのかは、理由を知りたいんだけど…」
「あ…」
そういえばそうだった。
自分のイライラに任せて、自分は彼を殴ろうとしていたんだった。
言いにくい、というようにおずおずとルルーシュは口を開く。
「…あまりにも男達が声をかけてくるものだから、またそうなのかと思って」
「は?」
予想していない答えだったのか、彼は口をあんぐりと開ける。
その様子を見て、ルルーシュは自分が思い違いをしていたことに恥ずかしくなった。
「す、すまない。勘違いしたみたいだ。イライラしていて」
「はあ…」
あきれられてしまっただろうか。
「それならいいんだけど。僕、君に何か不快なことでもしたのかと思ったよ」
ほっと息をつく目の前の彼からは、いかにも人のよさそうな様子が窺える。
「あ、そうだ。これ」
はい、と言って差し出されたのは、苺のキーホルダー。
「これ…」
これはルルーシュの鞄についていたものだ。
キーホルダーだとか、いかにも女の子らしい装飾品をルルーシュは嫌うが、これはナナリーがルルーシュのために選んでくれたものだった。
お姉様が好きな苺です、頑張って探したんですよ、と妹が手渡してくれたそのキーホルダーを、ルルーシュはとても気に入っていた。
「君の鞄から取れて落ちたのが見えたから。気付いてないみたいだったし」
なくさないでよかった、と笑う彼に、自分が起こした行動をルルーシュは後悔した。
「本当にすまない。勝手に勘違いして…」
「そんなに謝らないでよ。こういうときはありがとう、って言えばいいんだよ、ルルーシュ・ランペルージさん」
「え…なんで、名前」
まったく名乗った覚えはないのに、なんで名前を知っているんだろう。
目の前の彼は逆に意外なことを聞かれたというような、僅かに驚いた表情を見せる。
「そりゃあ、自分の学校の副生徒会長を知らない人なんていないよ」
「あ…」
今まで気付かなかったが、よくよく見れば彼が着ているのはアッシュフォード学園の制服だった。
「そ、そうか」
「ちなみに一応言っておくと、同じクラスだよ、僕たち」
「え!?」
「やっぱり気付いてなかったんだね…」
苦笑する彼に、ルルーシュは申し訳なさが溢れて仕方なかった。
「き、気付いていなかったわけじゃないんだが…」
確かにクラスでこの茶髪を見かけたことがあったようななかったような。
必死に記憶を手繰り寄せようとするルルーシュに、彼はくすりと笑う。
「いいよ、別に気にしてないから。でもこれから覚えてくれると嬉しいな」
「え、あ…」
「僕は枢木スザク。よろしく、ルルーシュ・ランペルージさん」
そういって彼はふわりと表情を緩める。
スザクが浮かべたとろけるような甘い笑顔に思わず顔を赤らめてしまって、それを見られないようにとルルーシュは必死だった。
Back / Top

需要があるのかわからないけど、書きたかった高校生スザルル♀。
ちなみにこのネタ思いついたのは、重いパソコンをかかえたバイト帰りの夜道(笑)