「おい、紅秀麗」
…っまた来やがったわね、清雅。
「おい、聞いてるのか?」
…聞いてますとも。だいたいそんな大声で呼ばれれば誰だって聞こえるわよ。
「おい、とうとう耳まで馬鹿になったのか?」
「…清雅、うるさいわ。仕事の邪魔よ。帰って」
無視を貫こうと思ったのに、清雅がしつこいからつい返事をしてしまった。
ここで言い返さなきゃいいっていつもわかってるのに。
毎度のことながらついつい反応してしまう自分が恨めしい。

「なんだ聞こえてるじゃないか。返事ぐらいしろよ」
「うるさいって言ってるでしょ。用事がないなら帰ってちょうだい」
清雅は仕事の書簡がが左右に積み重なった秀麗の机の前まで歩いてきて、机に乗り上げるようにして腰掛けた。
「ちゃんと用事があってきたっていうのにずいぶんなご挨拶だな」
右手に抱えた包みをひらひらと頭上で振る。
「用事?」
「ほら、これやるよ」
そう言って、ぽいっと投げられた包みを秀麗はあわてて両手で受け止めた。
「なにこれ?」
何か重要な仕事でも入っているのだろうか。
不審に思って包みを開くと出てきたのは色とりどりの甘菓子たち。
一見しただけでも高級なものだとわかるその菓子に秀麗は眉をひそめた。

「どういうことなの?」
「知ってるか?遠い異国では、今日は好意を寄せる相手に甘菓子を送る習慣があるらしいぜ」
「へえ、そう。だからってなんで私に?」
「俺がお前に思いを寄せてるとは思わないのか?」
実際はこれっぽっちも思っていないだろうに少し残念そうに問いかけてくる清雅に、イラッときたのを必死で押さえ、逆に満面の笑顔で返してやる。
「ええ、まったく思わないわ」
「なんだ悲しいな。結構本気なのに」
ちっとも悲しくなさそうな声で清雅は返す。
「お前のためにわざわざ用意させたんだぜ?」
「清雅が私のために…」
金欠に苦しむ秀麗にとって贈り物、特に食料をくれる人は“いい人”の分類に括られる。
しかし騙されてはいけない。
相手はあの清雅なのだ。
一瞬ほだされそうになったが、その事実を思い出してぎゅっと眉間を吊り上げた。
「…なぁんて、乙女的な思考が私にあると思ったら大間違いよっ!どうせこれ毒か何か入ってるんでしょ!」
秀麗の言葉に清雅が一瞬だけ驚いた顔を見せるが、それもほんのわずかな間だけだった。
すぐに清雅の顔はあの嫌味な笑顔に彩られる。
「ほう、よくわかったな」
「あんたの考えることなんてお見通しよ!」
「せっかく貧乏なお前を心配してやったというのに」
素直に受け取らないなんて性格が悪い、と悪びれずに言う清雅にふつふつと怒りがこみ上げる。
「あんたに性格悪いだなんて言われたくないわ。だいたい余計なお世話よ。あんたに施しを受ける覚えはないわ」
「別に施しのつもりはない。俺の興味と実益も兼ねている」
「はぁ?どういうことよ。これ、一体何を入れたわけ?」
怪訝そうに尋ねた秀麗は、清雅がさらりと告げた言葉に絶句した。

「媚薬だ」

「へっ?」
間の抜けた表情で聞き返した秀麗に、清雅はニヤリと笑って繰り返す。
「聞こえなかったのか?媚…」
「だあああああ!だ、黙りなさい!」
頬はかっと赤く染まり、パクパクと開く口からは言葉が出てこない。
しばらくその様子を繰り返し、ようやく自分を取り戻した秀麗の口から出た言葉は叫び声だった。
「なっ、なんでそんなもん入れるのよっ!」
「ちょっと試してみようかと思ったから、だな」
「た、た、た、試すって…」
思わず咄嗟の行動で清雅から身を離そうと後ろへ後ずさりするが、椅子に座っている上にすぐ後ろは壁だ。
ぐっと乗り出してきた清雅と距離が縮まって見つめあう形になる。
「お前がどう男に媚びるのか見てみたかったんだがな。まあ、いいさ。そのうち俺がお前から引き出してやるから」
吐息が触れるほど近くで囁いて、清雅は呆然とする秀麗を残して部屋から去っていった。

な……
なんなのよ、あれ。
驚愕の事態に頭がついていかない。
頭の中がぐるぐる回っているようだ。

「おーお熱いことで。良かったなー贈り物貰えて」
背後から聞こえたのんびりとした声。
「…タンタン…それ以上言ったら頭突きするわよ」
「すいませんでした許してください」
条件反射で蘇芳に言い返した言葉も、返ってきた蘇芳の返事ももう耳に入らない。
頭の中で反芻するのは清雅の言葉だけ。

『そのうち俺がお前から引き出してやるから』

信じられない、あの女の敵!悪魔!
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一応こんなんでもバレンタイン小説のつもりです。
どう考えても彩雲国にバレンタインはないと思うので、異国の習慣ということにしてみたのですが・・・
微妙な話になってしまいました。
そしてだんだんタイトルと話がかみ合わなくなってきた感が・・・