初めて会ったとき、なんて甘い女だろうと思った。

この女なら俺の演技に騙されるのも当然だろう。
この女は自分に向けられる好意を当たり前のように信じている。
今まで真綿に包むようにして守られてきたやつに、俺の真実が見抜けるはずはない。
だから俺はお前の警戒心を解くためにわざわざ“イイ人”の仮面を被って近づいた。
嫌いな女を叩き潰すためなら、なんだってやってやるさ。
そのためなら窮屈な仮面だって被りつづけてやる。

解雇通告も同然の通知を見て、それでも尚、自分は諦めないのだと言い切った女。
お前のような詰めの甘い女に何が出来る。
自分のことを後回しにして他の冗官連中になんか構っているようなお人好しに。

紅秀麗のことを知った初めのうちは、興味本位でもあった。
何年も勉強を積んだ博識な学者たちでさえも、及第することは難しいと言われる国試。
それに落第するどころか探花で及第し、史上初の女官吏となった紅秀麗とは一体どのような女なのだろうかと。
厳しい国試をくぐりぬけてきた以上、自分のまわりにごろごろといるような貴族官吏たちより少しはましな人間なのだろう、と。

しかし、その考えが間違っていたことに気付くのは早かった。
茶州での奇病騒動。
こちらに伝えられてくる情報はあくまで噂という、真実味の薄いものではあったが、それでもその噂は清雅の心証を害するのに十分だった。

やはり国試に受かったとはいえ、女は女か。

王やその側近、紅家から最高の援助を受けておいて奇病騒動や茶州の混乱を解決させたとしても、そんなものは彼女の功績として認められるものではない。
あれだけの優遇で結果を残せないほうがおかしいのだ。

俺にはない家名と人脈を持っていながら、最後の最後になるまでそれを利用しようとも考えつかない。
それだけのもの持っていることを、さも当たり前のように受け止めているあの女に無性に腹が立った。
自分にはそんな甘い女のことなど理解できない。
いや、理解したいとも思えない。
俺はあの女とは違うのだから。





初めて会った時、なんて常識のある素晴らしい人だろうと思った。

一ヵ月後には退官にするという通知を受けて尚、自分の立場を理解するに至らない冗官たちの中で、ただ一人自分の状況をすぐさま理解した人。
あの人生後ろ向き、自分で働くの大嫌い、親の金で官位もらって楽に楽しく暮らせればいいやー、な冗官たちのなかで彼の存在はひときわ輝いて見えた。
この部屋の中で普通に自分の話が通じる人がいるとは思っていなかったから尚更だ。

話せば話すほど、彼は実に冗官らしくない人だと思った。
私とほとんど変わらない年齢に見えるのに、国試をくぐりぬけてきた有能な高官たちに勝るとも劣らない知識を頭脳を持っている。
もしかしたら見た目より年齢が上なのかと思ったが、そうでもなかったようだ。

自分とたった2つしか歳が変わらないのに、自分よりずっと上を歩いている人がいる。
自分にまだまだ至らないところがあることを突きつけられたような気がして。
それでも、自分より先を歩いている姿がとても大きな存在に見えて。
正直羨ましかった。





本当の意味でお互いに出会ったとき、思っていたよりおもしろい女だと思った。

笑いたくなるほどの甘さは変わらないが、わざわざ不利だと分かっていても御史台へ行くのだと決めた女。
嫌いな奴を叩き潰すことほど、楽しいことはない。
この女の甘さに付き合うのはもうごめんだが、駆け引きの相手としてなら少しは楽しめそうだ。

いずれこの女が上に上がってきたら、そのときこそ潰してやる。
今のままのお前を潰すのは簡単すぎてつまらないからな。





本当の意味でお互いに出会ったとき、あの人の豹変振りに衝撃を覚えた。

まさか彼が監察御史だったなんて。
私を蹴落とそうとしていたのが、この人だったなんて。

私は騙されていたのだ。
いや、彼は騙したわけではない。
傍目には善人にしか見えない仮面を被っていただけだ。
鋭く尖った本性を優しげな仮面の下に隠し、私に接していただけだ。
私はその仮面の下を知ろうともしなかった。

私は彼のやり方には納得できない。
自分を偽り、相手に近づき、信用させてからどん底まで叩き落す。
他人を蹴落とし、蹴落とされ、そして上まで上りつめていく。
私はとはまるで正反対だ。
彼の根底の部分を私が理解する日はきっとこないだろう。

それでも、今の私には甘い女だと言われても何一つ反論できなかった。
私が甘かったのも、自分のことしか見えていなかったのも、事実。
今の私では到底力が及ばぬことも、理解した。

でも、それでも。

いつか上に上がったときには、彼と対等に渡り合えるように。
そのためには敵の本拠地だろうとなんだろうと、どこへだって行こう。





あんな甘い女など大嫌いだと、そう思うのに。
それでも、あの女の姿が少しだけまぶしく見えるのは何故だろう。

あんな性悪男などいつか倒してやると、そう思うのに。
それでも、彼にほんの少しだけ憧れるのは何故だろう。





自分にないものを持つ相手が、とても色鮮やかな存在に見えたんだ。
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清雅視点と秀麗視点から。
最初の印象と、二度目の印象。
お互いを理解することは出来ないけれど、自分にないものを持つから、手に届かないものだからこそ惹かれる。
そんな雰囲気を出したかったんです。
しかしこれ清雅視点はすらすら書けたのに、秀麗視点が大変でした。