「紅秀麗」





先ほど作成したばかりの書簡を各部署に届けに行こうと外朝の廊下を歩いていた秀麗に後ろから声がかけられた。
秀麗が振り返るとそこには自分の同僚であり、かつ最大の天敵である陸清雅が立っていた。
秀麗はこんなところで出会ってしまうとは、と頭を抱えたくなったが、もう遭遇してしまったものは仕方ない。

「何か用?私、今忙しいんだけど」
その言葉を聞いた途端、清雅の整った顔が、いつもの人を小馬鹿にしたような表情に彩られる。
「お前が忙しいのなんか元から承知済みだ。ただでさえ御史台は人手不足なうえに、お前は俺より仕事が遅いだろ。だが、お前が忙しかろうが俺には全く関係ない。いや、むしろお前が忙しい時だからこそこうして呼び止めているんだろう」
「それはどういう意味かしら?」
清雅はそんなことも分からないのかとも言いたげな顔で、





「そんなもの決まっている。嫌がらせだ。俺はお前を叩き潰すためならなんでもやると言っただろう。」





あっけらかんと言い放った。





そうだった。
こいつはこういう嫌味な奴だった。
そんな事をすっかり忘れて、呼び止められた時に振り向いてしまった自分の迂闊さを呪いたくなったが、もう後の祭りだ。

「そんなことまでしないと私を叩き落せないなんて、噂の清雅様も大したことなかったのね」
その言葉に清雅の嫌味な笑顔がますます悪化した。
「そんな減らず口叩くのは俺に一度でも勝ってからにしろよ。もっとも、お前が俺に勝てるとは思えないがな」
「ああら、私も清雅に負ける気は全然しないわ。やれるもんならやってみなさいよ」

売り言葉に、買い言葉だ。
口では言ってみたものの実際今の自分が清雅と相対したら、勝利するどころかきちんと渡り合えるかどうかすらあやしい。
それでも、自分にはそう言うことでしか清雅に返せない。
蘇芳は秀麗に焦りすぎるなと言ったが、こう毎日清雅との違いを見せつけられると焦りたくもなってくるものだ。
清雅はそんな秀麗の考えていることをまるで読み取ったかのように、秀麗の目をじっと見詰めながら口を開いた。

「その言葉、後悔するなよ」

「…っ誰がするもんですか」

清雅はその秀麗の答えに満足したかのように、ふっと顔の表情を緩ませた。
「いいぜ。受けてやるよ、お前の挑戦。後になって後悔するなよ」
清雅はそう言い放つと、秀麗にくるりと背を向けて歩き出した。
秀麗がその後姿を睨みつけていると、清雅が振り返って秀麗に声をかけた。
「あと、こんな外朝の真ん中で俺の名前をそのまま呼ぶのは止めろ。仮にも俺は監察御史だぞ」

その言葉を聞いた秀麗の顔に勝ち誇ったような笑顔が宿る。
「あら、それならまず自分の行いを正すべきじゃないかしら。忘れたの?ここで名前を呼んだのはあんたの方が先よ。それに仮にも私だって監察御史ですけれど、陸御史?」
「・・・っ!」

やられた。 まさかこんなところで揚げ足を取られるとは思っていなかった清雅は驚きに目を開く。
しかし秀麗の顔を見た瞬間にその目はさらに見開かれた。
まるで、いつも自分が秀麗に見せているような笑み。
それでいて、自分のような嫌味さが前面に出るわけでもなく、しかし自分の失敗を確実に突きつけてくるような強い眼差し。

一瞬、見惚れた。

そのことを悟らせないように再び背を秀麗に向けて歩き出す。
あの女…
つくづく俺の神経を逆なでする女だな。

しかし…
あの女は怒った顔が一番いいと思っていたが、ああいう表情のほうがもっといい。
自分の失敗があの笑みを引き出したことはいささか不満ではあるが。
しばらくの間、あの勝気な笑みが清雅の頭の中から離れることはなかった。
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なんか書きたいこと色々詰め込んだら長くなってしまった…。
もうちょっと、自分の文章をまとめる力が欲しいです。
書きたかったのは最後の方だけだったはずなんだけどな…。
しかも結局最後が一番いいかげん。(何故だ?)