「何をぼさっとしてるんだ、お前。」
執務室の机の前で物思いにふけっていた秀麗に清雅から飛ばされた一言はいつも通り辛辣だった。
さっきまでこの部屋に穏やかに流れていた空気がその一言によって一変する。
その気配を感じ取ったのか秀麗の側で書簡を読んでいた蘇芳は、2人に巻き込まれてはたまらないと部屋の隅へとすばやく移動した。

「別にぼさっとなんかしてないわよ。ただ休憩してただけ。」
「へえ、お前の目はよっぽどおかしいのか?俺の目にはその積みあがっているものが仕事の書簡にしか見えないんだが。そんなに溜め込んでるのに休憩とはお前もいいご身分だな。」

その言葉に秀麗はうっと答えにつまる。
確かに秀麗の目の前の机には書簡が山のように積み上げられており、毎日きちんと働いても積みあげられた書簡の山は消えることはない。
そのうちのほとんどは清雅がこなすような仕事とは全く違って、単調な仕事であり、秀麗が下っ端官吏だからという理由で押し付けられたものばかりである。
しかし秀麗には文句を言うことは出来ない。
たとえ出世の糸口にはならないような小さな仕事だとしても、秀麗が今やるべきことは与えられた仕事だけで、それ以上を望んでいい立場にもないし、やっている余裕もない。
だからこうして毎日与えられたたくさんの単調な仕事を黙々とこなし、その合間に勉強をし、少しでも自分を高められるよう励んでいるのだ。
それでもそうずっと仕事ばかりしていると息も詰まるし、仕事の効率も下がる。
そういうわけで、少し休もうかと思って書簡から目を離して物思いにふけっていたのである。

それなのに。

それなのに、それなのに!!
せっかく人がつかの間の休みを楽しんでいたのに。
よりにもよって、日ごろの疲労を一番増やしている原因の清雅なんかに邪魔されるなんて!!
私の貴重な休み時間を返せ!!
大体、毎日毎日毎日!!
私の所に来ては言いたいことを言うだけ言って、人のことを馬鹿にして!!
ふざけんじゃないわ。

「ああら、清雅は全く休憩しないでも仕事が完璧にできるわけね。凄いわねぇ。オホホ、羨ましいわ。」
それを聞いていた蘇芳は秀麗の言葉遣いに反応した。

『お嬢様がオホホと言う時は必ず何か裏があります。』

秀麗の家のあの抜け目のない家人が『お嬢様条項』とやらを教えた時の言葉が脳裏によみがえる。
ヤバイ、相当これはきてるな。

「お前が俺を誉めるなんて珍しいじゃないか。どこか頭のネジでも飛んだのか。まあ俺には好都合だがな。そうすれば俺はおまえを潰しやすくなるしな。」
「…っ何ですって!?」
「まあせいぜいそうやって吠えてろよ。そのうちそんなことも言ってられなくなるぜ。」
そう言うと清雅はもう言いたいことは言い切ったとでも言うように颯爽と部屋から去っていった。





清雅が去った後の部屋には静寂が残された。
もう大丈夫だろうかと蘇芳はそろそろと部屋の隅から体を動かした。…が、

「……。えっと…」
「タンタン。」
普段の秀麗からは想像できない地を這うような声が発せられる。

ああ、やっぱりダメだった。
蘇芳は観念してこれ以上秀麗を刺激しないよう、秀麗が所望するものを素早く差し出した。

「…っ。なっっっんだってあいつは毎日毎日毎日、人にちょっかいかけに来るのよ!!!迷惑ったらありゃしないわ!まるで歩く公害よ! しかも毎回毎回毎回、あいつの口からは嫌味しか出てこないのよ!?人として間違ってるわ。いや、あんな嫌味な奴、人間ですらないに決まってるわ! あいつは蛾よ!!本当に清蛾って改名しなさいよ!!!あの性悪嫌味男ー!!」

なんだか最後の方は支離滅裂だ、しかも布団への扱いは日を追うごとに酷くなっている、と蘇芳は思ったが、触らぬ神に祟り無しだ。
余計なことを言わないようにして、部屋の隅でじっとしていよう。
この様子では明日の朝も、邵可邸では麺生地を叩く音と秀麗の掛け声が聞こえてくることは間違いなかった。
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『青嵐にゆれる月草』の2人のやりとりの後日談です。
うちの清雅×秀麗はいつもこんな感じ。
気になるから毎回毎回秀麗にちょっかいをかける清雅(本人無意識)と、清雅が自分にかまってくる理由に気付かずに対抗しようとする秀麗。
っていうかこの二人のライバル関係から生まれる男と女の修羅場(?)がすごく好きです。
い が み 愛 だ よ !!!
黒い清雅が素敵…!