「……っ!」
どんっ、という鈍い音とともに、勢い良く曲がり角から飛び出してきた人影と派手にぶつかって、スザクは声も出せぬほど驚いた。
「え…?」
まずいと思ったときには遅かった。
こうも派手に衝突してしまっては姿を隠しても意味はない。
注意を怠っていたつもりはなかったのに近づく気配に気付けなかった自分を悔やみながら、スザクは咄嗟に抱きとめてしまった相手の体を解放した。
「すみません」
黙っているのも不自然なのであくまで普通に見えるよう、スザクは謝罪の言葉をかける。
すると相手もそれに頷くような素振りを見せ、こちらこそすまない、と小さく答えた。
ふとその口調にわずかな焦りが含まれているような気がして、スザクは思わず相手の顔を気遣うように覗き込み、そして次の瞬間見事に固まった。
出会い頭にぶつかった相手は、自分と同い年くらいの少女だった。
しかしスザクが驚いたのはその少女が今まで見たことがないくらいの絶世の美少女だったからだ。
月の光に照らされて淡く光るようにも見える白磁の肌。結い上げられた艶やかな黒髪。
不思議そうに見上げてくる瞳は深い紫色で、一瞬にしてスザクはその輝きに魅せられた。
伏し目がちにスザクを見上げる瞳は、スザクが今まで見てきたどの宝石よりも清く美しく、生命力を持って輝いている。
その瞳に見つめられるだけで、身体がまるで痺れるような感覚に襲われて、すっぽりと腕の中に納まる華奢な体をもう一度抱き寄せたい衝動に駆られた。
そうしてどれだけ見つめ合っていたのだろう。
実際のところ数秒だったのかもしれないが、スザクにはそれが永遠にも等しい時間に感じられた。
けれど夢の時間も長くは続かない。
衝突してから一向に口を開こうとしないスザクに、目の前の少女が焦れて声を上げた。
「お前、どこの者だ…? 父上の従者ではないようだな」
その不審そうな声に、ようやくスザクは自分の状況を思い出した。
(まずい! 思いっきり顔見られた!)
自分はまさに怪盗として一仕事終えて、逃げるところだったのだ。
そんなところで人に見つかって顔を見られた挙句、相手に見とれていましたなんて神楽耶やカレンに知られたら、絶対馬鹿にされる。
いや、それより問題なのはこの状況だ。
ほとんど人の出払った離宮で、今胸元に隠し持っているダイヤに気付かれたら一貫の終わりだ。
焦って視線を泳がせると、ふと自分の腕を掴む彼女の指に嵌められた指輪に気がついた。
きらりと光る純銀製の指輪。それは一見単なる指輪のようだったが、その細かい意匠は見覚えがある。
指輪の表にぐるりと走るBRITANNIAの飾り文字。
おそらく裏側にはブリタニア皇帝一家の紋章が刻まれているはずだ。
この指輪を身につけることが許されるのはブリタニア広しといえどほんの一握りの人間―――皇帝の血を引く者のみ。
つまり、目の前に立つこの美少女は皇位継承者で皇女だということだ。
「申し訳ありません。皇女殿下」
スザクはすぐさま相手から離れ、その場に跪いた。




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