「怪盗?」
今夜宮殿で開かれる舞踏会のため、数人の次女に取り囲まれて身支度を手伝ってもらっていたルルーシュは、侍女たちの会話の中に耳慣れない単語を聞いて首を傾げた。
「あら、ご存知ありませんでしたか? 最近…といっても一月ほど前からですけれど、巷では怪盗ランスロットのことが噂になっているそうです」
王宮に仕える侍女たちは日頃華やかな宮殿で仕事をしているだけはあって、色々な噂話に事欠かない。
しかしその話題はいつも決まってどこの貴族の殿方が格好良いだの、あの侍女はどの皇族に熱を上げているだの、大抵が色恋沙汰のことばかりだったので、ルルーシュは自分の周囲を囲む侍女の言葉に正直面食らった。
「怪盗って…」
「ええ、なんでも毎晩のように王宮の宝物庫や離宮に忍び込んでは、美しい宝石や宝剣を盗んでいくんだとか」
「でも狙う場所は中央宮殿だけではないらしくて、最近は離宮にも忍び込んでいるそうです」
「あと何故だか、ランスロットは絵画や美術品は盗まないとも聞きました。必ず宝石ばかりを狙うと」
「その手際があまりにも良くて、警備兵たちも手を焼いているらしいです」
我先にと口々に喋りだす侍女たちに若干圧倒されながら、ルルーシュはあくまで冷静に返した。
「それでは単なる宝石泥棒だろう?」
「いいえ違うんです。ランスロットは必ず盗みの前に予告状を出すんです」
「予告状?」
さらに耳慣れない言葉にルルーシュがもう一度首を傾げると、侍女は少し早口で興奮したように言った。
「ええ、今宵何時に、何々を頂きに参ります、って」
「…………」
「それなのに警備兵たちが捕まえられないなんて…」
「きっと何かトリックがあるのよ」
「確かランスロットは妖しい術を使うって噂を聞いたことがあるわ。きっとそれで兵士たちを騙すんじゃないかしら」
「それとも内部に手引きした者がいるのかもしれないわよ」
すっかり主そっちのけできゃあきゃあと騒ぎ出した侍女たちに、ルルーシュは内心うんざりするのを顔に出さないよう必死で努力した。
大方彼女たちは王宮に上がってまだ日も浅いのだろう。
ルルーシュと年端も変わらない姿と、仮にも皇女である自分の前でもまったく遠慮しないその様子から、王宮での振る舞いを完璧に身につけていないのが明らかだ。
宮殿は絵に書いたような美しい世界。
そう彼女たちが夢を見たい気持ちはわからなくもない。
召し上げられたばかりの王宮で噂話に花を咲かせたいのだろうが、せめてそういう話は自分のいないところでやって欲しかった。



Close