ルルーシュと言えば体力がない、体力がないと言えばルルーシュ。
もうすっかり常識として定着したこの事実を知らぬ者など学園にはおらず、あまりに運動ができなさすぎるが故にその理由について様々な憶測が一人歩きするほどだ。
元々体が弱いから激しい運動ができないんだとか、いや弟と妹に運動能力に吸い取られてしまったから運動ができないんだとか、はたまた運動が出来ないのは実は演技で実は素晴らしいまでの運動能力を隠し持っているんだとか。
しかし真偽のほどはともかく、本人はそもそもの根底の部分を否定し続けている。
自分は体力がないんじゃない、持久力が少し足りないだけだ、と。
それを体力がないというんだ、という周囲のツッコミは勿論完全無視である。
そんな自称“体力はある”ルルーシュは何度問いかけても答えが返ってこないことに苛立って、もう一度クラスに向けて大声で叫んだ。
「だからっ!枢木スザクは…」
「…うるさい。そんなに呼ばなくても聞こえてる」
響き渡った低音にクラス中の目が注がれ、一気に教室の空気が冷えた。
不機嫌そうな声が上がったのは教室の一番後ろの一番端、明るい日差しの差し込む窓際の席。
そのとても居心地のいい場所で机に突っ伏すようにして眠っていた男子生徒がのそりと身体を起こす。
「聞こえているならとっとと返事ぐらいしろ!」
ずかずかと教室の奥へと足を踏み入れながら遠慮のない言葉を浴びせるルルーシュに、あの枢木スザクに対して真正面から物が言えるなんて、とクラス中が賞賛の眼差しを送った。
この二人がクラスで顔を合わせれば毎度のことのやり取りとはいえ、いつもルルーシュの豪胆さには恐れ入るばかりだ。
なにせクラス中、いや学園中の誰もが恐れる枢木スザクとまともに会話が成り立つというだけでそれが素晴らしい才能なのだから。
ルルーシュ以外の皆は一様に恐れをなして、三分以上枢木スザクの前に立っていられたことすらない。
そのように学園では畏怖の対象である枢木スザクは、自分の席で寝ていたところを無理やり起こされたのだから当然だが、ものすごく不機嫌そうだった。
「…うるさいな…。俺がいちいち返事してやらなきゃならない義務なんてないだろ」
「義務があろうがなかろうが、呼ばれたら答えるのが普通だろうが!」
「知るかそんなもの。俺は俺のしたいようにするだけだ」
当たり前の顔で言い切ったスザクに、ルルーシュはこめかみが引き攣るのを止められなかった。
アッシュフォード学園二年A組在籍、枢木スザク。
彼はクラスの中でも特別な存在だった。
人気者だとかそういうのではまったくない。むしろその逆だ。
この学園に籍を置く生徒は所謂上流階級と呼ばれる地位の子息や令嬢が多いが、彼も例に漏れずその一人で、父親は代議士、しかもこの国の総理大臣ときた。
おまけに家柄も宮家の流れを汲む古くからの名家。
こんなバックグラウンドを持って生まれた彼は、その力を大いに有効活用し(ルルーシュから見ればそれは権力の乱用に他ならないが)、権力を笠に学園中の男子ほとんどすべてを自らの支配下に置き、自分勝手に振舞っている。
登校はしても授業には出席しない、喧嘩は日常茶飯事でしかも全戦全勝、夜は仲間もとい手下を連れて派手に遊びまわる、ともはや手のつけようがない。
とにかく個人主義で自己中心的で手の早い乱暴者。それが枢木スザクの学校での評価だった。
そんな彼とルルーシュが仲良くできるはずもない。
むしろ規則は守るべきものと信条を掲げているルルーシュにしてみれば、枢木スザクは許しがたい存在ナンバーワンで、大の天敵だ。
入学当初からずっと同じクラスだが、ルルーシュはどうにもこの枢木スザクという男が苦手でならなかった。
―――いや、苦手というよりそれはむしろ嫌悪に近い。
どう考えてもそりの合わない相手に、ルルーシュはいつも苛立ちを隠せなかったし、何度注意しようとも一向に考えや行動を改める気のない態度に相当頭にきていた。




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