カツリ、カツリと靴を鳴らしながらゆっくりと謁見の間の奥へ進む。
皇帝が鎮座する玉座の前まで辿り着いて、スザクは頭を下げた。
「来たか、枢木」
「はい。何の御用でしょう」
「最近EUの動きが活発になってきている。大方エリア11が片付いた機会を窺ってのことだろうが。もうシュナイゼルあたりから聞いているとは思うが、お前はEU戦線に向かえ」
「イエス、ユアマジェスティ」
了承の意をこめて返事を返すも、スザクは何故わざわざ皇帝が自分を呼び出したのか疑問に思っていた。
EU戦線投入の話ならば陛下本人も口にしたように、すでにシュナイゼルから話は回っている。
それにEUのことを伝えるのであれば、共にEU投入となるはずのジノの姿がないのもおかしい。
「それからもう一つ」
広い空間に威厳のある声が響きわたる。
「ナイトオブスリーはEU戦線から外すことにした。エリア18で面倒事が起こったのでな」
なるほど、だから自分だけが呼ばれたのか。
しかしそれ以外にも何か理由があるだろう。配属の変更など、謁見してまで伝えることではない。
「ではEUに向かうのは自分一人でありますか」
「いや、代わりを用意した。新たなナイトオブラウンズだ」
「新たなラウンズ…ですか」
予想外の言葉にスザクは思わず聞き返してしまった。
「そうだ。今日はそいつを紹介してやろうと思ってな」
スザクがナイトオブラウンズ入りを果たしてまだ一ヶ月程度。
それなのにまた新たなラウンズが入るというのははっきりいって異常だ。
そもそもナイトオブラウンズとは帝国屈指の十二騎士。
頻繁にメンバーが加わることなどまずありえない。
スザクにしても、ゼロ捕縛という大きな手柄があったからこその特例中特例の出世であったのだ。
よほどのことがない限りラウンズが交代することはないし、現在ラウンズに空席もないというのに。
「枢木、お前にとっても因縁深い相手であろう」
「え?」
「入れ」
皇帝は自らの横の扉にむかって命令する。
新たなラウンズの登場だけでなく、スザクは皇帝がその扉のむこうに呼びかけたことに対して驚愕した。
皇帝の視線の先にあるのは、玉座のすぐ隣へと続く至高の扉。
その扉は特別な者にしか使用が許されていない。あの扉を使うことが許されるのは…
―――皇帝とブリタニア皇族のみ。
困惑するスザクをよそに、華美な装飾が細部までちりばめられた大きな扉が開く。
その奥から歩き出した一人の人影にスザクは言葉を失った。
すらりと伸びた細身の体躯、雪のようにきめ細やかな肌、さらさらと流れる黒髪、思わず見とれてしまうほどに整った美貌。
そして瞳に宿るのは、至高の紫水晶の輝き。
「な…ぜ…」
ゆったりと王座の傍へ歩み寄る彼の姿は、スザクの記憶に残るものとまったく変わらない。
「ナイトオブゼロだ」
低く通る皇帝の声ももう耳に入らない。
皇帝のすぐ後ろに控えた彼がこちらを向く。
その顔は恐ろしいほどに無表情で、まるで人形のようだった。
「ひさしぶりだな。これからよろしく、枢木スザク」
唇の端を吊り上げて口元だけで僅かに笑んだ彼は、自分がつい先日決別したはずの親友の姿だった。



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