それは、とても淡い記憶だった。

木漏れ日というにはあまりにも強い日差しの下を一人の少年が駆けて行く。
「おい待て、ゼロ!スザク!」
絡みつく蒸し暑い風に綺麗な黒髪を乱し、額に汗を滲ませて、荒い息を吐きながら走る少年。
彼の視線の先には、遠くに二人の少年が見えた。
「早く来いよ、ルルーシュ!」
くるくると思いのままにはねる茶色の髪を揺らしながら、大声で叫ぶ少年。
意志の強そうな翡翠の瞳は真っ直ぐに走り寄る彼を見つめている。
そして。
その傍らで穏やかに笑うのは走る少年そっくりの美貌。
さらさらと流れる黒髪も、最高級の紫水晶も、心地よく耳に響く甘いボーイソプラノも。
その彼を構成するすべてが少年と同じだった。
当然といえば当然だ。彼らは同腹で、血を分けた双子の兄弟なのだから。

「っはぁ…、っ…は、少しは加減しろ…」
ずいぶん先まで走っていた二人にやっとの思いで追いついて、ルルーシュは安堵の息をついた。
同時に疲れがどっと押し寄せる。
急激な運動に慣れない体は休息を訴えていた。
ゆっくりと息を吸い込み深呼吸すると、夏独特のもわっとした生暖かい空気が肺へと流れ込んでくる。
喉の奥に纏わりつく熱さは少し不快だったけれど、胸いっぱいに新緑の香りが広がって気持ちよかった。
「大丈夫か?」
膝に手を置いて荒い息をつくルルーシュを、彼と同じ紫玉が覗き込む。
その声は弟を心配してはいたが、どこかこの状況を楽しむような響きを含んでいた。
「ゼロ…お前、僕を置き去りにするとはいい度胸だな」
「いや、別に置き去りにしたつもりはないさ。気付いたらルルーシュが遅れていただけで」
「お前…」
それはつまり置き去りにしたというんだ、と言ってやろうとしたルルーシュだったが、それを口に乗せる前に別の少年の声が響く。
「ルルーシュ、遅いぞ!もうちょっと鍛えろよ!」
何を暢気にと言いたくなるほど明るい声。
本人に悪気はないのだろうが、言われた内容はルルーシュからしてみれば理不尽ともいえた。
「うるさいな!君が異常なだけで僕は普通だ。大体あれだけの階段を一気に駆け上がれるほうがおかしいんだ」
枢木家の管理する枢木神社の鳥居から続く階段は、まるで空の上まで届くかと思うほど高く長く続いている。
あんなにたくさんの階段を、しかもあれだけの急勾配なのに休むこともせずに上りきれるスザクの体力は底知れない。
「別におかしくないだろ。ルルーシュが弱すぎるだけだ」
そんな超人と一緒にされてたまるかと、半ばやけになって向けた言葉も、すっぱり綺麗に切り返されてしまっては言葉も出ない。
しかしスザク本人にはまったく悪気がないようで、本当に心の底からそう思っているのが窺えた。
だめだ、これ以上何を言っても無駄だ。
そうとわかったら、隣に並ぶ自分の半身に助け舟を出したほうがいい。
「…ゼロ、お前からも何とか言ってくれ」
「スザクが異常なのは認めるが、お前はもう少し体力をつけたほうがいいと思うよ、ルルーシュ」
「ほら、ゼロもそう言ってるじゃないか」
助けを求めたつもりだったのに逆に水を向けられてしまって、ルルーシュは悔しそうに頬を膨らませる。
それを見たゼロがまた面白そうに笑うものだから、なんだか余計に腹が立って、ルルーシュは八つ当たりとばかりにスザクに叫んでやった。
「うるさい!余計なお世話だ!」



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