何の変哲もない、ある晴れた穏やかな日の午後。
それがもたらす穏やかな時間はアッシュフォード学園にもゆっくりと流れていく。
当たり前のような平和な日常。
けれどそれが当たり前ではないのだと、皆知っている。
1年前、テロリストである黒の騎士団によって引き起こされたブラック・リベリオン。
反逆と名付けられたブリタニア軍と黒の騎士団の戦闘で、トーキョー租界は多大なる被害を被った。
磐石と言われた租界の守りは呆気なく突破され、ブリタニア人、イレブンに関係なく多くの血が流され、深い悲しみが租界に暗い影を落とした。
自分達の世界がひどく脆く、崩れやすいものなのだと、ブリタニア人であれば誰もが経験した。
イレブンにとっては儚く消え散った小さな夢。ゼロに導かれ、確かに存在した独立という希望は脆くも崩れ去った。
しかし衝撃的なあの出来事からもう一年が過ぎた。
沈静化した当初こそ誰もが大きな関心を寄せたニュースも、今や報道すらなされない。
ほんの一年前に大きな戦闘に巻き込まれたなどと感じさせないほど、ここトウキョウ租界は落ち着いていた。



「それにしても、いきなりロロが現れたのにはびっくりしたよなあ」
放課後の雰囲気の中でリヴァルの呑気な声が響く。
その発言に、生徒会室にいた兄弟はそれぞれの反応を返す。
一人はパソコンに向かい画面を眺めたまま視線すら動かさずに、もう一人は作業していた書類から目を離して。
「そうか?」
「別に僕は普通だったと思うんだけど…」
「いやいや、そういう問題じゃなくて」
二人の反応の違いを面白そうに眺めながら、リヴァルは大げさに手を振って否定する。
そしていかにも大ニュースとばかりに指をびしっと突き出して一言。
「ルルーシュにナナリー以外の兄弟がいたってことに驚いたんだよ」
「ああ、そういうこと」
ロロは軽く相槌を打ち、その横でルルーシュは曖昧に笑った。
腹違いならば、数え切れないほどいるんだがな。
しかしルルーシュが内心で忌々しげに呟いた言葉は当然ながらリヴァルには聞こえない。
「そういや、まだナナリーは戻ってこないのか?療養のために本国に戻ったんだろ?」
「……ああ。もう少し時間がかかりそうなんだ…」
「ちょっと、リヴァル先輩。ナナリーのことは…!」
たしなめるように鋭く発せられたロロの声。
相手が年上だろうが関係なく臆することなく言い放ったその言葉は兄を心底いたわる弟のもので。
その言葉と、見ていてあからさまにわかるほど鈍い反応のルルーシュにリヴァルも気付いたのだろう、珍しく真剣な顔で彼は謝った。
「あ…ごめん」
申し訳なさそうに謝るリヴァルに、ルルーシュは悲しみの色を瞳に宿しながらもそっと微笑んだ。
「…いや、いいんだリヴァル。気にしないでくれ。俺は大丈夫だから」
それよりも、と気まずくなった空気を振り払うようにルルーシュは告げる。
「早く帰るためにはこの書類の山を片付けないとな」



「兄さん、ずいぶん演技派だね」
自宅であるクラブハウスへ戻るなり、ロロからかけられた言葉。
それはルルーシュの気分を害するものだったが、あえて言葉の裏に隠された意味に気付かないふりをして、そっけなく返した。
「何のことだ?」
「わかってるくせに。ナナリーについて話してたときのことだよ」
「…別に、そんなことない」
「嘘」
真っ直ぐに見つめる瞳から視線を逸らして、ルルーシュはそっと溜息をついた。
「そんなことよりもその言葉遣いを止めてくれ。もう二人だけなんだから」
「…わかったよ、兄さん」

「いえ…お兄様」

その声はどうみても少年とは思えない、甘いソプラノ。
ゆっくりと伸ばされた両腕にふわりと包み込まれる。その力も少年のそれというより、いとし子を抱く母のようなやわらかさで。
「ナナリー」
かつては盲目で足が不自由だったはずの妹姫の名前を、ルルーシュはそっと呼んだ。
「お兄様…」
背中に回された腕に力がこめられて、抱きしめる強さが増す。
先ほどまで少年を演じていた姿とのあまりの違いように、ルルーシュはかすかに苦笑した。
「お前のほうが演技派じゃないか」
「いいえ、そんなことありません」
「そうかな?」
「お兄様、つらいことがあるなら言ってください。黙っていられると私もつらいです」
「つらいことなんてないよ、ナナリー」

つらいわけではない、憎いのだ。
俺から生を、母を、妹の自由を、居場所を奪ったすべての存在が。
幼い頃から根付いた憎しみの感情。
それは成長しても、ゼロという仮面をつけて反逆へ身を投じても、その野望が砕かれても、ずっと消えなかった思い。
一年前、ブリタニアの崩壊という野望が砕かれて、ナナリーが奪われて、どんなに世界を恨んだことか。
人々はあの反乱を忘れ始めている。
人は皆そうなのだ。
たとえ自らの身で体験したことでも、時が経てば忘れてゆく。自分が直接的な被害を受けたのでなければ尚更。
恐怖も苦痛も悲しみも、そして歓喜も希望も夢も。
それこそが人の都合のよさであり、愚かしさなのだ。
所詮は自分に関係のない他人事だから、と。
あの反逆が、かつて自分が起こしたあの事件が、だんだんと過去になっていく。
過去。それはもう終わったということ。
人々の認識ではもうあれは済んだこと、の一言で片付けられてしまうのだ。
過去?終わった?
いや、違う。
まだ終わってなどいない。
自分の中ではこんなにも憎しみの炎が燃え上がっているというのに、こんなところで終わらせてなるものか。
また、もう一度、初めから――。

ルルーシュのアメジストの瞳に憎悪を含んだ強い眼光が宿る。
その光を真正面から受け止めて、彼女はそっと口を開いた。
「お兄様。今度こそ私はお兄様についていきます」
自由に動ける体を手に入れたから、と彼女は迷いなく決意を口にする。
「だから、お兄様?」

一緒に世界を壊しましょう―――?

無邪気に、何の屈託もなく笑って破壊の約束を口にする、愛しい妹。
「ナナリー…」
ルルーシュの顔が僅かに歪む。
それは彼女が変わってしまったことへの悲しみか、はたまた共に歩める喜びなのか。
その答えを知るのは彼ら二人のみだった。
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またしてもロロルル。いやこれはナナルルだな…。
どっちにしてもロロの妄想と捏造が止まりません。