だって見ていられなかったんです。
私のために自分を傷つけるお兄様を。





お兄様が私に隠し事をするようになったのはいつからでしょう。
それはきっと本当はお母様が亡くなったあの日から。
それでもお兄様は私のためを思っての隠し事だから、私は気付かないふりをし続けたんです。

でもあの日。
シンジュクゲットーでテロが起こったあの日。
夜遅くに帰ってきたお兄様から感じたのは、はりつめた怖い雰囲気でした。
あの時はわからなかったけれど、今思えばあの時もう、お兄様の戦いは始まっていたのですね。

スザクさんを助けたという、無の名を持つテロリスト。
人種、国籍、年齢、性別すべてが謎に包まれた存在。
目の見えない私にとって、放送を通して伝わってくることは少なかったけれど。
それでもテレビ越しの声は私がよく知っている昔のお兄様と同じで。
その広く通る声の裏に、僅かな不安と焦りが滲んでいることに気付いたのはきっと私だけ。

まさか、と思いました。
あの優しいお兄様がテロリストになるなんて。
でもゼロの言葉遣いからは、何が何でもやり遂げるという強い意志を感じました。
それだけで私にはわかってしまったんです。
ああ、あの人はお兄様なんだなって。

スザクさんを助けたあの日以降、お兄様は普通に振舞い続けました。
お兄様は誰よりも優しい人だから。
私に真実を知らせまいと必死だったのでしょう。

でも時間を重ねるごとにだんだんとお兄様の外出が増えて。
そしてゼロと黒の騎士団の活動も活発になって。
それに比例するように、二人で過ごす時間は減ってしまいました。
そのかわりお兄様は家にいる時は、スザクさんを連れてくることが多くなったけれど。
私はお兄様がずっと側にいてくれたら、それだけで満足なのに。

その頃から、お兄様のまとう雰囲気は険しいものへと変わりました。
常に知略でもって敵に臨むお兄様は、家に帰ってきても気が抜けなかったのでしょう。
それでも私の前では普通の優しい兄として振舞おうと一生懸命で。

でも私、知ってるんですよ、お兄様。
お兄様がブリタニアを壊そうとしていることを。
私のために優しい世界を創ろうとしてくれていることを。
お兄様は隠そうとしているみたいですけど、私にはわかります。
だって生まれた時からずっと一緒の兄妹ですもの。

だけど、お兄様?
これ以上自分を追い詰めないでください。
お兄様の起こした行動で不幸になった人がたくさんいることは知っています。
そしてお兄様がそのことを誰よりも後悔しているということも。
自分で手にかけたクロヴィス兄様のこと。
友達だったシャーリーさんのこと。
お兄様は優しいから、誰よりも苦しんで、苦しんで、苦しんで。
それでも、自分の家族や身近な人たちを巻き込んででも、進んできた道は引き返せないということをお兄様は知っているから。
一人で抱え込んでしまうんです。

でもお兄様は一人じゃありません。
お兄様だけの仲間がいます。C.C.さんだっています。
それに、役に立てなくても、私はいつだってお兄様の味方です。
だから一人だけで全部を背負おうとしないでください。

その細い体にすべてを抱え込もうとするお兄様を、私のために戦ってくれているお兄様を、ただ黙って見ているだけなんてどうしてできましょう?
大切なものはもう何も失いたくないんです。
だから





「私も連れて行ってください」
もう置いてきぼりは嫌なんです。

「…ナ、ナナリー?」
「お兄様と一緒に、連れて行ってください」

驚きに目を見張るお兄様。
当たり前ですね。お兄様が知っている私は、そんなこと言わないはずですもの。
でもお兄様に置いていかれることを考えたら、純粋無垢な妹のままではいられないんです。

「足手纏いも、役に立たないことも承知です。でも、」
ああ、この目が光を捉えられたなら、この両足が大地を踏みしめられたなら。
私はお兄様の枷にならないで済むのに。

「でも、お兄様と一緒にいられないなら」
お兄様が私を巻き込まないようにしてくれているのも知っています。
わかってます、これは私の我儘なんです。

「私の命に意味はありません」
でも、例え安らげるところでなくても、お兄様のいるところだけが私の居場所なんです。



だから連れて行ってください、と笑顔で笑う。

私はお兄様と一緒なら、どこへだって行きます。
例えその居場所が、反逆への破滅の道へと続いているのだとしても―――
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