「今日から彼が君の兄だ」

初めて彼を見た時、彼がここに来た理由を知った時、なんて空しい存在だろうと思った。
記憶を奪われ、監視下に置かれ、餌として飼い慣らされる。
ブリタニア皇帝の手駒となって、利用されるだけの存在。

自分と同じだと、思った。

けれど、だからこそ、同時にひどく厭わしいと思った。
何故、挑もうと足掻けるんだ。
逆らっても、敵うわけはないのに。
彼はそれがさも当たり前というように、帝国に反旗を翻した。
何故迷いなく復讐の道を歩めるんだ。
その躊躇いのなさがまるで昔の自分を見ているようで、ひどく苛立つ。
でもそんな風に躊躇いもなく挑んでいける彼を羨ましいと思う自分がいるのも確かだった。

親の顔も知らない、誰かから愛情を貰ったこともない。
気付いた時にはすでにもうここにいて、この狭い世界が当たり前だった。
この、皇帝の手駒としての檻の中の世界が。

もう僕みたいな存在はいらないんだ。
こんな、表の世界で生きられない存在を生み出してはいけない。

自分の存在がわからなかった。
彼の弟ではないのに、ここにいる自分がわからなかった。
それでもいつも、彼は優しかった。
自分に妹がいたことも忘れ、偽りの弟に疑問も持たずに、普通の学生として学園生活を送る。
すべてが嘘で固められた世界。でもそれを知らなかったなら、世界はどんなに平和に映るだろう。彼の目に映る世界は、何色だろう。
自分にとってこれはつかの間の安らぎ。いつか目覚める悪魔を見守る、ほんの一時の猶予。
それが永遠になればいいと、思った。
たとえ偽りでも、誰も本当の僕を知らなくても、この狭い鳥籠の世界で過ごすのは密かに楽しかった。
それは今まで知らなかった感情。それを教えてくれたのは間違いなく彼だった。

「ロロ」 彼が名前を呼ぶたび、弟として大切にしてくれるたび、何かが僕の心を締め付ける。
胸に宿るこの思いはは喜びなのか、悲しみなのか。
いや違う。そんな感情、僕にはいらないんだ。
僕は僕のすべきことを成さなければならないんだ。
こんな兄弟ごっこ、結局は茶番じゃないか。

なのに、どうしてなんだろう。
どうして、彼の笑顔がこんなにも眩しいんだろう。
僕を呼ぶその声に、嬉しいと感じるのだろう。
このまま永久に、彼が悪魔の微睡から覚醒しなければいいのに。

すべてを忘れたままでいればいい。
このまま何も思い出さなければいい。
そうすれば、悪魔は、ゼロは現れないのだから。

お願いだ、目覚めないでくれ。

貴方だけは―――この手で討ちたくないんだ。
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