ブリタニア政庁に近くに高くそびえ立つ、バベルタワー。
バベルの塔。それは創世記で神にならんと空に挑んだ人間たちの傲慢を表す象徴。
自分達を何よりの至上と見るブリタニア人によってつけられた超高層ビルの名前は、自らを神格化しようとするブリタニアを皮肉ってつけられたかのようにスザクには思えた。

ブリタニアの弱肉強食主義がこんなにも明確に見られる場所はないだろう。
人々の欲望が渦巻き、強いものが弱いものを搾取する。
かつても見られたその光景は、ここ一年でさらに激しさを増した。
ブリタニア人がイレブンを虐げるのが当たり前の世界。ここにはそれが広がっている。
支配階級のブリタニア人が溢れるそのフロアを見回し、その中に一際目を引く存在を見つけて、スザクは目を細めた。

豪遊する貴族達に混じる学生服の二人。
自信ありげにチェスの相手を見据える一人の少年の姿は、一年前と全く変わらない。
違うのはその横に立つ人物の姿。彼の隣にはハニーブラウンのふわふわの髪に紫の瞳を持つ少年が立っている。
対戦を楽しんでいるのだろうか、薄く微笑む彼の姿に、胸の奥がざわめいた。
じっと見つめる視線に熱が篭もる。
少しだけ離れた場所から、その二人をじっと見詰めていた。

しばらくして対戦を終えたのか、彼がゆっくりと立ち上がる。
ふと、向けられた強い視線に気付いたのか、彼はこちらへ振り向いて怪訝そうな表情を見せた。
ぶつかった視線に、時が止まる。
久しぶりの邂逅。
だが、正直何も感じない。いや、感じたくないから心が感じないのだ。
少しでも感情を高ぶらせたら、彼を殺そうと動くこの憎しみはもう止まらなくなってしまうから。

「何を見ている?」
「………」
近付いてきた彼に問われても表情を動かさず、ひたすらに強い光で彼の瞳を射抜く。
彼の顔をこんなにもじっと見つめるのはずいぶんと久しぶりだ。
彼を目の前にして思った以上に冷静な自分に、少しだけ嫌気が差す。
しかし、おそらく無意識にであろう彼が発した言葉に、強烈な衝撃が湧き上がった。

「お前、誰なんだ?」

このエリア11の地において、自分の顔を知らないものなどいないに等しい。
1年前のブラックリベリオンにおいて、イレブンの希望であったゼロを討ち取った名誉ブリタニア人。
その名と顔はブリタニア人、イレブンに関わらず、この地に関わりのある者たちすべてに強く刻み付けられたはずだった。

しかし彼は言った。お前は誰だ、と。
彼は知らないのだ。
ブリタニアの良家子女たちが通うアッシュフォード学園の制服に身を包む彼は。
自分の持つ記憶に何の疑問も覚えず、与えられた偽りの弟の隣でぬるま湯のような安息に留まる彼は。

自分が過去に起こした業を、覚えていないのだ。

憎い、憎い、憎い。
何故笑っていられる。何故忘れた。
お前はあんなにも大きな過ちを犯したというのに。

彼から記憶を奪ったのは自分達であるとわかっているのに、感情は理性に追いつかない。
今この場で彼を殺してやろうか。
そうすればこんな思いをしなくてすむのだろうか。

何度尋ねても沈黙をひた守る自分に痺れを切らしたのか、彼が声を荒げる。
「おい、お前…!」
「兄さん、何してるの?早く行こうよ」
「あ、ああ…今行くよ、ロロ」
背後からかけられた弟の声に、彼は少しだけ名残惜しそうにちらりと一瞥を寄越して、くるりと背を向ける。
その遠ざかっていく背中に何故だか憎しみと同時に郷愁にも似た空虚な思いが胸をよぎって、それを振り払うように首を振った。

懐かしい?そんなことあるわけない。
間違っていたのは俺じゃない。あいつが先に裏切ったんだ。
俺とあいつの道が交わることは、もう二度とない。

これでいいんだ。
これは俺の望みなんだ。
あいつが報いを受けることが俺の―――

―――真実の望みなんだ。

せいぜい今のうちに笑っていればいい。
どうせすぐに終わりは訪れる。俺が、終わらせてやる。
お前は世界から弾き出された人間なんだ。
絶望と共に終わりを迎える日は近い。

心の奥底でそれだけ吐き捨てて、スザクは彼に背を向けた。




一目見た彼の笑顔にちくりと痛んだ自分の心など、消えてしまえばいい。
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