ここは、どこだ。
閉じようとする重い瞼をゆっくりと押し上げて、ルルーシュは静かに覚醒した。
何故だろう、体がひどく重い。
目覚めた途端、強い疲労感と倦怠感がルルーシュの全身を襲い、必死に動かそうとした体は指一本動かせなかった。
体を動かすのは諦めて、ルルーシュはいまだはっきりしない視界で辺りを見回した。
目の前に広がるぼんやりとした白い世界。
確かに目は開いているはずなのに、自分の視覚は何かを捉える気配が一向になかった。
ふと鼻についた匂いに、ルルーシュは顔を顰める。
間違えようもない、薬品の匂い。
ここは病室なのだろうか。
そう考えれば、滲む世界に映るひたすら白い空間にも納得がいく。
いまだ混濁する意識の片隅でルルーシュは冷静に考える。
何があった。
どうして自分はこんな状況に陥っている。
しかし必死に思考を繋ぎとめようとしても、休息を訴える体がそれを拒む。
何も思い出せない。
「これで君は本当にいいの?」
「良いも何も皇帝陛下の命令です」
「でも君自身は納得してないんじゃないのぉ?」
すぐ近くから聞こえてきた会話。
一人の方は聞き覚えのない声だったが、もう一人はよく知っている声だった。
(スザク)
ずいぶん久しぶりに聞いた気がする、最愛の人の声。
しかしそれは記憶にあるより固い声だった。
「当たり前です。出来ることなら俺がこの手で嬲り殺してやりたいくらいだ」
(…すざく?)
突然頬に感じた、暖かな体温。
誰かの手によって頬を撫でられているのだと感じた。
「そのわりにはずいぶんと丁寧に扱うよねぇ。彼のことが憎いはずなのに」
「だからです。憎いからこそ、もっと苦しんでもらわないと」
「皇帝陛下に従ったのはそれが理由?」
「勿論です。陛下の計画通りに事が進めば、いずれ彼はもっと惨めな最期を迎える。彼にとって最も屈辱的で、忌むべき方法で」
「だから今は彼の記憶を消すのかい?幸せだった頃の思い出の中に彼を戻すと?」
ああ、思い出した。
自分がどうしてここにいるのか。
何故スザクが憎しみの言葉を吐くのか。
思い出して、しまった。
(すざく)
呼ぼうとしても呼べない名前。
声の聞こえる方向から、頬に触れる手から、すぐ傍にいるとわかるのに、彼を捉えられない視界、伸ばそうとしても動かない腕。
それはいくら頑張ってももう届かないのだと神が嘲笑うよう。
自分達の間にできた深い溝をさらに抉られた気分だった。
「ええ。幸福であればあるほど、それを奪われた時の絶望は大きくなるんですよ」
(すざく)
だんだんと薄れゆく意識の中で、ルルーシュは静かに嘲笑った。
―――自分の愚かさを。
一体何を期待していたんだ、俺は。
スザクの答えに、自分を労わるものなど欠片も残されてはいない。
触れてくる手つきはこんなにも優しいというのに、彼は間違いなくルルーシュを憎んでいる。
当然のことだ。自分も間違いなくあの瞬間、スザクが憎いと感じた。
「彼は裁きを受けなければならない」
ああ、そうだな。
お前は俺にそれを望むんだろう?それがお前の答えなんだろう?
「だから、彼の記憶はいらないんです」
最期に聞こえた声はひどく優しく、ルルーシュの中へと入り込み、そして水泡が弾けるかのごとく儚く砕け散った。