text内にある「夜道の邂逅」、「純情少女」の続きの話です。高校生スザルル(♀)




「これ、どうやって帰ろう…」

正面玄関の前でルルーシュは立ち尽くしていた。
目の前には映る景色はとにかく大量の水、水、水。
空から落ちてくる雫は、とどまるところを知らない。
ざあざあと音を立てて降り注ぐそれはちょっとやそっとでは止みそうになくて、屋根のある正面玄関から雨の中へ踏み出す一歩手前で、ルルーシュは途方に暮れていた。

「失敗した…」
予報では夜から降るとの事だったから早めに帰れば大丈夫だろうと傘を持ってこなかったのだ。
まさか帰り際になって会長に仕事を押し付けられる羽目になろうとは。
お陰ですっかり日も暮れ、見事に雨が降り出してしまった、というわけだ。
副会長である以上生徒会の仕事をこなすことに文句はないが、会長に付き合うとつくづくろくな目にあわない。
まったく、あの人ときたら仕事はしないわ溜め込むわ押し付けるわ。
挙句、本人は家の都合だとか言って先に帰ってしまったのだ。
まあ、いいとこのお嬢様であるミレイにも色々事情があるというのはわかるのだが、お願いだから自分の仕事は自分でやってくれ。
能力的にできないわけではないのだから、あのサボり癖はもう少し何とかならないものか。

しかし今ここでルルーシュがミレイに毒気付いていても雨が止むわけでもない。
頭を切り替えて、ルルーシュは考えをめぐらせた。
生徒会室に置き傘はあっただろうか。
無駄に金持ちな学校だ。生徒会室の備品も、普通の学校にあるとはおおよそ思えないものがポンと無造作に置いてあったりするぐらいだから、傘ぐらいあるだろう。
ないかもしれないが少なくとも探してみる価値はある。もしそれでもなかったら、仕方ないから走って帰ろう。
そう自分の中で納得付けた時。

「生徒会の帰り?」
「ひゃっ!」

背後、それもすぐ耳元から聞こえた声に、心臓が止まるかと思った。
「…ごめん、また驚かせたみたいだ」
すまなそうに謝る声はふわりと優しくルルーシュの中に入り込む。
後ろを振り返らずともその声が誰のものか、わかるようになってしまった。
「スザク」
「ごめん、ルルーシュ」
「いや大丈夫だ。少し驚いただけだから」
それでちょっと変な声を出してしまっただけだ。
少し焦りながらもスザクを安心させようと言った答えは、スザクの表情を綻ばせた。
「そっか、なら良かった。もう結構遅いのに誰が残ってるのかなって思ったらルルーシュだったから、声をかけたんだけど」
「ああ、生徒会の仕事が長引いたんだ」
「そうなんだ。お仕事お疲れ様」
そうやって気遣ってくれるスザクの気持ちがくすぐったくて、でも嬉しい。
少し恥ずかしくなったのを誤魔化したくて、話題を変えようとスザクに尋ねた。
「そ、そういうスザクこそ、部活帰りか?」
「うん、大会も近いからね。少しは真面目に出席しないと」
そう言ってスザクは手に持った傘をばさりと開く。
そしてしっかりと傘を握り直して雨の中に足を踏み出そうとしたスザクは、一向に動こうとしないルルーシュに視線を向けた。
「あれ?帰らないの?」
「………」
頭に疑問符を浮かべて首をかしげるスザクに、ルルーシュは観念して告げた。

「いや、その…実は傘を忘れたんだ」

一瞬きょとんとした表情を浮かべたスザクに、ルルーシュは恥ずかしさのあまり俯いた。
ああ馬鹿だ私。
こんなかっこわるいところをスザクに見られるなんて。
「だ、だから先に帰ってくれ。生徒会室に多分置き傘があるだろうから、それを…」
逃げるように口走ったルルーシュの目の前に突然すっ、と差し出されたスザクの手。
その手にはスザクの傘が握られていた。
「使いなよ」
「え?」
「このまま帰ったら濡れちゃうだろ?」
さも当たり前のように言い切るスザクに、ルルーシュは慌てた。
「でも、それだとスザクが濡れるじゃないか」
いくら温かくなって来たとはいえ、こんなひどい雨の中を濡れて帰ったら風邪を引いてしまう。
大会も近いというのに、そんなことになったら大変だ。
そう思って固辞した傘だったが、彼の手によってやんわりと押し返される。
「僕は平気だから。ね?」
「だめだっ!そんなことできない」
「大丈夫だよ。家もそんなに遠くないし」
「だめだ!」
「でも、女の子を雨に濡らすわけにはいかないよ」
「なら…」
なおも言い募ろうとして、ルルーシュはふと思いついた考えに自分の頭を疑った。
今何を言おうとした、私!?
危うく口から漏れそうになった言葉に自分自身が一番動揺する。

“なら一緒に入ればいいだろう!”

そ、そんなこと、どんな顔してスザクに言えばいいんだ!
どうしよう、恥ずかしくて顔が見れない。
でもこのままスザクを帰すのは気が引ける。そもそもこれはスザクの傘なのだ。
ならば、残された答えは一つだった。
「なら、い、一緒に帰ればいいだろう…」
口に出すのが恥ずかしくてしぼんでしまった声。
それは雨の音にかき消されそうなほどだったけど、スザクには聞こえたようだった。
「一緒に?」
「…ああ。この傘わりと大きいし、二人で入ればいいだろう」
真っ赤になった顔を見られたくなくて、もうまともに目すら開けられなかった。
ぎゅっと目を瞑って、スザクの反応を待つ。

「そうだね、じゃあ一緒に帰ろうか」

恐れていた答えは、返ってこなかった。
「え…?」
「ほら、そうと決まったら早く帰ろう。雨のせいで寒いし」
ゆっくりと差し出された手。
スザクの微笑みにつられて思わずその手をとってしまったルルーシュは、それから家に着くまでの間、右手に感じる相手の体温に小さな幸せを噛み締めていた。
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