厳しい冬の寒さも緩み、暖かな日差しも差し込むようになった3月の半ば。
学年末を迎え学園全体にどこか寂しげな雰囲気が漂い始める頃、そんな雰囲気を払拭するかのように浮ついた空気の流れる日がやってくる。
ホワイトデー。
バレンタインにチョコレートを送った女の子達がそわそわし、男の子達からのお返しに胸を高鳴らせるイベント。
日常の中でのほんの少しだけの非日常といえるその日に、浮き立つ心を抑えようと必死な男子生徒が一人―――。


ああ、どうしよう。
ジョミーは教室の扉の前で立ち往生していた。
落ち着け、僕。いつも通りでいいんだ。
いつも通りにドアを開いて、いつも通り友達に挨拶をすればいい。
それで皆からもおはようって挨拶が返ってきて、僕はそのまま席に着く。
あとは授業が始まるまで友達と話していればいい。何の問題もない。
そうだ、何を思い悩むことがあるんだ。
別に僕は何も悪いことなんてしてないし、普通に振舞っていればいいんだ。
ともすれば口から心臓が飛び出しそうなほど緊張していた僕だったが、扉の前で深呼吸を繰り返しているうちに気持ちが落ち着いてくる。
大丈夫、これなら。
そうして徐々にではあるが冷静さを取り戻しかけたジョミーが意を決して教室の中に踏み込もうとしたその時―――。
「やあ、ジョミー」
「!!?」
背後からかけられた声。
それはまさにジョミーが教室に入るのを躊躇った原因である彼のものだった。
「あ…」
あっ、えっと、な、何から話せばいいんだっけ。
内心でひどく慌てる僕に気付いているのかいないのか、ブルーは実に爽やかな笑顔で挨拶する。
「おはよう。いい天気だね」
まるで花の蕾が綻ぶようにふわりと笑った彼は、文句なしに綺麗だった。
その姿に思わず目が吸い寄せられて、見とれてしまう。
って、僕は何を意識してるんだ。
そんなことより、ブルーが声をかけてくれたんだから、ちゃんと返さなきゃ。
おはよう。そうだね、いい天気だね、って言えばいいんだ。
「お、おはよう…ブルー…」
言いたかった言葉は半分しか出てこなかった。
おまけに緊張のあまり最後の方は掠れた細い声になってしまった。
けれど小さく呼ばれた名前に満足したように、ブルーのキラキラ輝く瞳は緩む。
それを見ていた僕は恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
「おーい、ブルー!ちょっといいか?」
教室の中からブルーを呼ぶ声がする。
ブルーと話せるのが嬉しくてついつい我を忘れてしまっていたが、ここは教室前だったのだと思い出した。
いつまでも扉の前で突っ立っているなんておかしいし、迷惑だろう。
名残惜しげに目尻を下げて、けれど邪魔になりたくないからとブルーを促す。
「ブルー、呼んでるよ」
「全く…折角ジョミーと話していられるチャンスだったのに」
仕方ないと僅かに首をすくめて、ブルーは教室内へと向かう。
いまだに呆然と突っ立っていた僕とすれ違う形で。
「ジョミー、今日の放課後、下校時刻の10分前に教室に来てくれ。話したいことがある」
「え…?」
すれ違う時に言われた言葉が一瞬理解できなくて、またその場から動けなかった。
今、ブルーはなんて…?
聞き間違いじゃないだろうか。
だって、放課後に話したいことがあるって。
まさかブルーは気付いてる…?
で、でもそんなことあるはずない。
だってあれじゃあ、ブルーだって気付かないよ…。

時をさかのぼること1ヶ月。
恋する女の子たちの一大イベント、2月14日、バレンタインデー。
想いを寄せる男の子に振り向いてもらおうと必死な女の子たちに混じって、ジョミーも一つの小さなプレゼントを抱えていた。
普通の男子生徒であればそれは貰った物であるだろうが、彼の場合は違う。
それは思いを寄せる相手への贈り物だった。
どうやって渡したらいいんだろう、これ。
やっぱりこんなもの持ってくるんじゃなかった。
バレンタインだチョコだと周りで騒いでいるのは女の子達ばかり。
男がバレンタインでチョコを贈ろうだなんて、おかしいよね。
わかってはいても、やっぱり好きだから、憧れだから、どうしても渡したくて。
だけど女の子達のように堂々と人前で渡すことなんてできなくて、綺麗にラッピングしたそれをブルーの下駄箱に突っ込んだ。
メッセージカードも贈り主の名前もないチョコレート。
あれなら誰が贈ったかなんてわからないだろう。
だけど贈った身としては、どうしても気になってしまう。
気付いて欲しい、でも気付いて欲しくない。
相反する二つの気持ちがない交ぜになって、ジョミーの頭を悩ませる。
けれど今更名乗り出ることもできず、気付けばあっという間に日は過ぎて、ホワイトデーを迎えてしまった。


結局あの後、ブルーの言葉の意味をずっと考えつづけて、授業に集中なんてできなかった。
おかげで今日一日で散々な失敗を重ねてしまい、多くの友人達に笑われる羽目になった。
勿論、その中にはブルーもいた。
好きな人になさけない姿を見られたという事実に恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
何やってるんだろう、僕。馬鹿みたい。
もういっそブルーとの約束などすっぽかしてしまいたい、とも思ったがやはりなんというか体は正直で。
気付けば自分の足は下校時刻も近づいて人気のない教室へと向かっていた。
ゆっくりと扉を開けて中へと踏み込むと、ブルーはもうすでにそこにいて、窓の外を眺めながら自分の机に腰掛けていた。
「ブルー」
「よかった。来てくれなかったらどうしようかと思ったよ」
「そんなことしないよ」
確かに逃げ出したいとは思ったけれど、ブルーとの約束を破るなんてできない。
「それより、話したいことって何?」
緊張でどきどきと胸が激しく鼓動を打つのをさとられないように、極力抑えた声で話す。
それでもいつもより自分の声が上ずっている気がして、どうにも落ち着かなかった。
しかし勇気を振り絞ったジョミーの問いに、ブルーはくるりと後ろを向いてしまう。
何か不快なことでもしてしまっただろうかと焦り俯いたジョミーだったが、次の瞬間振り向いたブルーの行動に顔を上げた。
突然ジョミーの頭の上に降ってきたのは色とりどりのキャンディたち。
え?
紙吹雪のように、しかし紙よりずっと重さのある飴玉たちがばらばらと頭上から降りそそいで、教室の固い床にこつんと音を立てて落ちるさまに、ジョミーは思わず目を瞬かせた。
「ブルー?これ、一体どういうこと?」
「話したいことがあるんじゃなくて、渡したいものがあったんだ」
悪戯が成功した子どものように笑って、そっとジョミーの腰を抱き寄せてゆるやかに拘束する。
「ホワイトデーのプレゼント」
語尾にハートマークがつきそうなほど楽しそうな様子で、ブルーは真紅の瞳を瞼の裏にゆっくりと隠して小さくウィンクした。
「な、なんで…僕、」
何もあげてないのに。
認めたくないという意地で続けようとした言葉は、唇にそっと当てられたブルーの長い指によって遮られてしまう。
「だってくれたじゃないか。バレンタインのチョコレート」
あまりにも予想外の展開に理解が瞬間的に追いつかない。
「まさか…気付いてたの?」
名前のないプレゼントの贈り主に。
「勿論。ジョミーのプレゼントを僕が見間違うはずないだろう?」
「き、気付いてたならどうして…!」
僕の思い悩んだ一ヶ月は一体なんだったんだ!
知られてしまった、という絶望的な思いと、気付いてくれた、という歓喜の感情がジョミーを同時に襲う。
それだけでここ一ヶ月の疲れがどっと僕の体を襲ってくるようで、思わずその場にへたりこみそうになった。
しかし重力に従って崩れ落ちようとする僕の体を、腰に回っていたブルーの腕がしっかりと受け止める。
そして自然と近くなった顔をさらに近づけるように、ブルーが僕の顔を覗き込んだ。
キラキラと輝く双眸が僕の瞳をとらえて、さらに輝きを増す。
思わずうっとりとそれを見つめそうになった僕だったが、次にブルーの口から出てきた答えが予想を越えるものだったから、口をあんぐりとあけたまま動けなくなってしまった。

「ああ。それはね、バレンタインのことで思い悩むジョミーがとても可愛かったからだよ。もう少し見ていたいと思っているうちに今日になってしまったんだ」
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テラオンリーで売り子中に思いついた話。
思いついたっていうか、ネタが思いつかないけどブルジョミ書きたかったから無理矢理ネタ出してって東谷さんに頼んだら、ホワイトデーで!って言われたので書けた話。
学園パラレルにしたのとジョミーが乙女化したのは私の趣味です。